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執筆者氏名

ノストラダムス研究家 池田邦吉
自動車会社社長  市橋正孝 
ケナフ・フォレスト・ファンド   内 田惠三
作家  上野霄里 
フォレスト・サバイブ研究所代表 志磨太郎 
千葉俊一事務所所長  千葉俊一 
思想家 大橋幸雄
  リーダーシップ研究所代表  田中 甲 
講演家 高橋正二 
作家 徳丸一守
ラテンアメリカ交流会主宰  藤沢興擴 
会社社長 真 田一休 
NGOやまと会副理事長 三騎 匠 
いろは呼吸書法家 山本光輝 
安井直美 
シェリー・イェーツ



本文70% 感想BBS 目次
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   推薦の言葉
●●●●●推薦の言葉の中身●●●●●






















































       ◎ 目 次

   うまれかわりについて………………ノストラダムス研究家 池田邦吉 
人は宝………………自動車会社社長  市橋正孝 
ケナフは神が残した救いの草と成りえるか?
 〜当たり前で普通な事を忘れた現代人に贈る〜………………ケナフ・フォレスト・ファンド   内 田惠三 
男そして女………………作家  上野霄里 
人類最後の日・貴方は生き残れるか!! 
       ………………フォレスト・サバイブ研究所代表 志磨太郎 
国連による世界の安全保障体制について
その将来像と理想社会への道程……………… 千葉俊一事務所所長  千葉俊一 
祖孫一心 命の炎を燃やせ………………思想家 大橋幸雄 
よろこんで! 臥薪嘗胆の日々………………リーダーシップ研究所代表  田中 甲 
―竹島・尖閣諸島・北方領土が危ない―………………講演家 高橋正二 
戦後六〇周年を迎えて……………… 作家 徳丸一守
現代に息づくエトルリア
      (イタリアの元名)の知恵………………ラテンアメリカ交流会主宰  藤沢興擴 
天使とペテン師………………会社社長 真 田一休 
激動のアフガニスタン………………NGOやまと会副理事長 三騎 匠
こころ・ことば・気・波動………………いろは呼吸書法家 山本光輝
アラビア半島の週末………………安井直美
シェリー・イェーツのメッセージ………………
「2007年7月17日11時11分(グリニッジ標準時間)奇跡を起こしましょう!」                                            




























「男そして女」    作家 上野霄里(本文エッセイより)






 現代社会の人間は、男も女も含め、若者も老人をも含めて、ごく僅かな人間 だけを除いて全て負け犬なのである。負け犬であるだけに、全ては泥まみれに なり、尻尾を後ろ足の中に丸め込んだ遠吠えだけは元気な負け犬なのである。 猿や犬や猫といった他の種類の動物達はそれほど頭は良くはないかも知れない が、雄は雄として力をはっきりと示し、雌は雌として子を産んで育て、自分達 の種を残そうとすることに些かの戸惑いもない。野の獣も林の中の鳥も、地中 深く隠れ住む蛇やモグラ達もこういう種の法則に従って些かも自分達の生き方 を間違えることはない。勿論人間も自然の中で暮らしていた遠い昔を考えれ ば、犬や猿、鳥や爬虫類達と些かも変ることなく、人間という種の約束をちゃ んと守りつつ、与えられたその日その日を間違いなく人間という種に相応しく 生きていたはずである。しかし人間は少しずつ頭の中の何処かが小利口にな り、日々の生活の中で身体の何かがずる賢くなってきた。其処から人間の悲劇 は始まった。文明人間の少しずつ大きくなって来たあらゆる面での特徴は、そ のまま人間全体としての悲劇を形作っている。文明文化のあらゆる形式は、そ のまま人間の頭の中や肉体の変化した力を彩っている色合いに過ぎない。人間 は動物達の様に又アメーバーの様に雄は自らに射精を促し、雌は雌でその雄の 力を見事に利用して自分の体の中の受精作用を働かせるが、人間には少しずつ 自分達の生活の中の便利さを求めながら、それまで元気に働いていた男として の力や女としての力を徐々に失い始めてきている。恐らく権力に夢中になった り、金を得ることにあくせくしたりする事によって、生殖作用に対する何かが 少しずつ弱められて来たようだ。或る医者達は小学生の男の子を数多く調べな がら、これらの子供達が体力を失い、大人以上にドリンク剤を飲むという事実 を語っている。もっと詳しく少年達の体の中を検査してみると、そろそろ精嚢 一杯に広がっていたかつての少年達のそれとは違って、ほんの二、三匹しか精 子がいない場合もかなり有るという。如何してこうなってしまったのか、その 辺りの事情は医者にも分からないようだ。若い娘は彼女等らしく、そういう男 達にどこか合っていて、身体が弱かったり、性欲が少ない事もよく言われてい る事だ。性科学の日本の代表ともいうべき、高橋鉄は、かなり前から大いに悩 んでいた。当たり前にセックスの不可能な若者達や若い夫婦達がどうしてこん なにも増えてしまったのかと、性科学者達は嘆いているのである。尤もこうい う男女の「性」に対するこだわりがあるずっと前に、人間という利口な存在の 種は、犬や猫と違ってはっきりとセックスに対する大きなこだわりを持ってし まった。恐らくアダムやイブの頃、又は天鈿女命(あめのうずめのみこと)の 頃には誰一人としてセックスを恥ずかしがったりすることはなかったのであ る。犬や猫の様に自由にセックス行為を何処に於いてでも行なえる種はあれで 良くて、人間の様にセックスに対する様々な恥ずかしさを持っている種の方が 悪いといいうのではない。深い愛情の下に愛し合う人間がそれなりの場所に於 いて出会うのは決して悪いことではないと思う。人間は文明を徐々に巨大にし ていき、その中に様々な便利さを持ち込んだ時、ついでに森の中で出会った男 と女が互いに相手を見つめ、一瞬の行動のうちに相手を好きになる行為を、恥 ずかしさという文明の小知恵によって取り消す所にまで来た時、残念ながら文 明は人間にとって最初の悪の行為を行なった。人間の持っているこの「恥ずか しさ」という心は多くの点で、人間の文明の中の生活を乱すことなく暮らして 行くのに役だっている事も事実だ。しかし人間には、長い間「呪縛」といった 行為があって、その中の一部にこの「恥ずかしさ」という思いが含まれている とも考えられる。
 男も女も人間という点では全く同じ対等の存在である。其処には些かの違い も無い。といいうことは男も女も同じように夫々生きている時間の中で嬉しい 事も多くあり、時には身に降り懸かるような艱難辛苦もあるのである。人間は そんな生活の中で、与えられた体験が良くても悪くても、決してそれに依って 身を滅ぼしたりする事のないように、しっかりした意識を持っていなければな らないのである。男も女も人間としては全く同じであるというこの平等観の中 では、互いに苛めたり苦しめたりすることは間違いの様だ。夫々のジェンダー が、目の前の異質なジェンダーに対して優しくなり、時にはつつましやかにな ることは極めて自然のことだ。どうかすると、男も女も自分のジェンダーの特 異性を振りかざしながら、異性に対して力を振るう様な事もない訳ではない。 そんな所に亭主関白とか、かかあ天下と言った独特の習慣化した生活態度が生 まれ、其処に生まれて来る子供は往々にして成長すると、自分のジェンダーを 振りかざしながら亭主関白となったり、かかあ天下になる家庭を作っていく。 人間にはそうはいっても、どの一人を取ってみてもはっきりと分かる様に、男 は雄の性質をより多く持っており、女には雌の違った性格をかなり極端に持っ ている。雌も雄も黙っている限り極めて自然に異質なジェンダーに対し、我を 忘れて戦いを挑むこととなる。男も女もそういう意味に於いては、猿や犬の世 界と同じく、セックスを脇に置くと、互いに戦う相手として睨み合うのであ る。だからキリスト教の一派であるカトリック教の中には「免罪符」という神 の許しを得る為のお札がある。男も女も結局人間の世の様々な問題の中で、お 互いに許し合わなければならない時間があることも此れで事実だと分かる。男 は妻以外に女を作ったり、女も又それと同じように自分の夫よりもより素敵な 男性や年収が遥かに上の男性に心を奪われたりして多くの不倫の状態が生まれ る。現代の社会は、かつての戦争時代と違って、男女が簡単に結婚出来る時代 ではない。男は妻を求める時、より便利な生き方を自分に与えてくれる妻を求 め、同時に女の結婚の条件も又社会的な諸条件が満たされている男の方に向 く。自分の立場をしっかりと認め、男も女も自分に相応しい相手を求める時、 其処に問題はないのだが、自分の身の程も考えずに、相手に迫っていく時、其 処に結婚の条件が壊れ、今の世ではそういう状態に陥った男女を、「負け犬」 とか「お一人様」と書いている作家や精神科の医者がかなり多く存在する。男 女の間に広がる結婚のアレイナの中で、多くの結婚希望者が「負け犬」となっ て廃退する。彼等は男も女も「私には一生結婚は無理かも知れない」と暗い気 持ちになったり、「結婚は如何考えてみても私には損だ」と考えるようだ。多 くの負け犬に近い結婚前の女にとって、自分の相手の人間像の中に、「白馬に 乗った王子」がやって来るとか、「初めは美女の前の野獣であってもやがて魔 法が解けてこの野獣は優しい王子になるだろう」と相手の人間像を作ろうとす るものも居る。又女に恵まれない男も相手の女性像を極端に美しいものに奉り 上げてしまうのである。うちの長男は幼稚園の園児の頃、「女はウンチをしな いものだ」と女性を憧れて考えていたようだ。こういう幼児の考えは一つの女 性に関する希望以上の願いとなって生まれて来ている。やがて年頃になって異 性を正しく意識する心を持つ様になって、初めて異性同士も又他の動物と同じ ような存在であることを認め始める。唯子供のままで居ては年頃になってかな り元気で生活している女性達を見ても、不思議とそういう彼女達の実生活の中 の強くて厳しい一面を脇に置いて、やはり、女性は優しいものだと思う所に大 きな問題が出て来るのである。男も女もこの現代文明の社会の中で何かに対し 大きく怖がっている。男も女も結婚をする年頃になっても、何処か、少年少女 の心を抱いているようだ。彼等は僅かな例外を除いては、押し並べて子供が生 まれることなどを、大きな問題として考えるのである。そういう彼等に子供が 生まれて来ない方がよいのは当然である。子供よりも二人で稼ぐ金が欲しい し、それに依って家や車が買え、楽しく暮らす生活を現代の若い男女は願い求 めるのである。しかし人間は元々動物と変わりのないヒトという種として存在 する生き物である。黙っていれば、人間は極めて自然に次の世代に残すべき子 どもを産み出す。この自然さを段々と開けて行った文明社会の中で忘れ去り、 人間がより良く生きる為には子供は必要ではないという不自然な人間生活の哲 学にぶつかってしまうのである。この事を私達は「人間特有の小利口さ」とか 「人類そのものの小賢しさ」と言うこともがきる。より便利で、より良い物を 持ちながら暮らしていける人生は人間を幸せにすると思う所に、子供を生もう としない原因を見出すようだ。


 あ、ゴメンナサイ。立ち読み部分はここで終わりなんです。ここまで読んで下さって有りがとうございます。
 このあともっと面白くなりますから買っていただけるとすごく嬉しいです。 
















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