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 性差別に関しては、「男が加害者で、女が被害者」と言われてきた。しかし、私は男に生まれて得したと思った事は一度もない。恐らく、そのように思っている男性は、私以外にも大勢いるだろう。
 私は欧米のフェミニズムに対しては高い評価をしている。しかし、日本でフェミニストと称している女性には似非(えせ)フェミニストが目立つ。本来、フェミニズムの目的は男女平等であった筈だ。それが、損をした女性の愚痴や金儲けの手段、あるいは男性に対する復讐になってしまったような極端な例がしばしば見受けられる。女性の解放自体はどうでもよくて、女性学自体が存在目的になってしまっている場合が少なくない。
 私は、女性の解放が男性の解放につながり、男性の解放が女性の解放につながると思っている。両方を同時に進めなければならない。怖いおばさんが単に喚くだけでは何の解決にもならない。  本書では「男が王様で、女が奴隷であった」という説の間違いを分かり易く説明する。中 略

前書き 目次 本文70%

あとがき 感想BBS 著者profile 推薦
Copyright (C) 2007 明窓出版, All rights reserved













 
         古舘 真 著





 男女平等への道


  ●●●●●サブタイトル2●●●●●




                                   明窓出版



















   推薦の言葉
●●●●●推薦の言葉の中身●●●●●

































 まえがき


 これまで性差別に関しては、「男が加害者で、女が被害者」と言われてきた。しかし、私は男に生まれて得したと思った事は一度もない。恐らく、そのように思っている男性は、私以外にも大勢いるだろう。
 私は欧米のフェミニズムに対しては高い評価をしている。しかし、日本でフェミニストと称している女性には似非フェミニストもいる。本来、フェミニズムの目的は男女平等であった筈だ。それが、損をした女性の愚痴や金儲けの手段、あるいは男性に対する復讐になっているような極端な例が見受けられる。女性の解放は目的から外れ、女性学自体が存在目的になってしまった例もある。
 私は、女性の解放が男性の解放につながり、男性の解放が女性の解放につながると思っている。両方を同時に進めなければ意味がない。怖いおばさんが喚くだけでは、何の解決にもならない。
 本書では「男が王様で、女が奴隷であった」という説の間違いを分かり易く説明する。

























   目 次


 まえがき 3

第一章 性差別の要因
 年齢 7   性格 10   能力 12   嗜好 15

第二章 フェミニストの勘違い
 男が得で女が損か 18   女性の就職難と性差別 22   男は保守的か 26
 男性並みに働く 29   企業戦士という名の企業奴隷 32
 サイレント・マジョリティー 36  四民不平等 39  日本女性の複雑な立場 41
 男の陰謀説と女の陰謀説 44

第三章 男らしさと女らしさ
 石器時代の名残 48   不自然な役割分担 50   男が女を守る 53
 女の子に優しくする理由 56   お酌と一気飲み 58
第四章 女性の責任
 女性議員の少ない理由 61  卵が先か鶏が先か 64  被害者意識だけでは駄目 67
 弱者の定義 70   弱者の横暴 73   逆差別を許すな 76
 男女平等と女性差別反対の違い 78   閉鎖的な女性団体 81

第五章 フェミニストの不可解な主張
 強引な解釈 84   セクハラの定義 87   平均値の平等が目的か 90
 女性学のための女性学 94   なぜ、男は連帯責任なのか 97
 男性の仕事と家事 100   非現実的な痴漢対策 103

第六章 差別する側とされる側
 女性に対する暴力 106  敏感な被害者と鈍感な加害者 110  デッド・ロック 113
 女の敵は女、男の敵は男 115   同性からの被害 118   思想と経験 121
 夫と妻、母親と息子 124   支配する側の辛さ 126   何に対する差別か 128

第七章 男性の問題点
 職場の花と毒 131   お茶くみは誰のため 133   女性に対する思いやり 135
 女性上司とヒステリー 138   飾り物なら意味が無い 141
 文化や肉体差という言い訳 143   社員をいじめる企業 146
 中高年男性に対する処遇 148   第三の男 151

第八章 女性の社会進出による男性のメリット
 主夫志願男性の解放 155   競争力の向上 157
 男性の負担減 160   年上に憧れる男性 162

第九章 女性解放のための対策
 権利と責任の明確化 166   保護の廃止 169   おまけの無駄 171
 SOHOの可能性 173   男性の使い方 176   大学の意識改善 178
 馬鹿OLの排除 181   男女の休暇数を揃える 184   ローテーション制 186

 あとがき 189


























第二章 フェミニストの勘違い


 男が得で女が損か
 法政大学の田嶋陽子教授は日本社会の男女関係に対して、「男が王様で女が奴隷である」と主張している。自称フェミニストの主張には、女性が如何に損しているかを強調するような意見が少なくない。その根拠として、男性の収入や社会的地位の高さが挙げられることが多い。政治家や経営者や大学教授には男性が圧倒的に多いし、収入の平均は女性より男性の方が高い。また、日本の法律には男性に有利なものが少なくない。
 それでは、「日本の社会では、男が王様で女が奴隷である」という意見は本当なのだろうか。答えはノーだ。実際には、「女が王様で男が奴隷である」というような場面は日本社会の随所に見られる。
 また、日本の社会には、「男は仕事、女は家庭」という発想が根強く残っている。これは間違いなく性差別思想だ。直ちに改めなければならない。しかし、このような男女の役割分担について、「男性が得して、女性が損している」という主張についても賛同できない。
 差別というと、加害者と被害者の関係は一方的であると連想されがちだ。しかし、性差別については、そんなに単純なものではない。厳格な階級制度であるインドのカースト制度とは状況が大きく違う。
 それでは何故、多くの女性が「男が王様で、女が奴隷である」という錯覚をしているのだろうか。また、損をしている男性から反論がほとんど聞かれないのは何故だろうか。それは恐らく、損をしている男性と損をしている女性の持つ特徴の違いによるものだ。損をしている男性がどういう人であるかを一言で言い表すことは難しいが、一般的な傾向として、若い男性、虚弱な男性、消極的な男性、内向的な男性などがあげられる。それに対して損をしている女性の一般的な傾向としては、中高年の女性、優秀な女性、キャリアウーマンのような積極的で活発な女性などが多い。損をしている男性とは対照的な特徴を持っている。
 損をしている男性は、自己主張しない或いは自己主張する事が困難な場合が多い。それは、経済的問題、社会的地位、性格など様々な要因による。若い男性の場合は不満を主張したくても、難しい要因が多い。経済的にも社会的地位にも恵まれていない場合が多い。若い男性会社員は自由な時間もあまりないので、中高年のフェミニストがしているような活動をする事は困難だ。何かを主張しても企業の経営者や政治家や大学教授など地位の高い人より注目度は低いし、発言の社会的影響は小さい。「月に一回しか休みが無い。これでは体がもたない」といった不満を訴えても、聞いている人が愚痴としか思わない事が少なくない。大人しいタイプや消極的、内向的な性格の男性は喋るのが苦手あるいは嫌いな人が多い。社会に何か不満があっても、人前で主張しない事が多い。
 以上のような理由で、損をしている男性の不満は周囲に伝わりにくい。男性が必ずしも常に得をしているわけではない。しかし、損をしている女性には自己主張が強いタイプが多い。それで、女性の不満ばかりが伝わってくる。そのため、女性の間で、「男が得で、女が損をしている」という思い込みが生じているのではないだろうか。
 私が思うに日本では、男も女も奴隷なのだ。男は会社の奴隷であり、女は夫の奴隷だ。それらは異質な奴隷なので、単純にどちらが損とか得とか言える問題ではない。主夫志願の男性もいるし、単純に収入や社会的地位が高い方が恵まれているとは言えないのではないだろうか。ある面では男が損をして、女が得をしている事もある。どちらがより損をしたか競い合ってもあまり意味は無いように思う。
「男性が得で、女性が損だ」という考え方には大きな前提が必要になる。それは全ての男性が会社や仕事が好きであるという事だ。日本の男性については、「家庭を顧みず、会社のために尽くすのが趣味」というような厳しい見方をするフェミニストが多い。男性が会社のために私生活を犠牲にしている事に対する、同情的な意見は少ない。しかし、日本に強制連行された朝鮮人労働者に対して、「妻子を放っておいた勝手な連中」などと言う人は少ないだろう。
 実際には仕事より家事の方が好きだったり、その方が向いているという男性は少なからず存在する。仕方なく会社の奴隷状態になっている男性は少なくない。現状の男女の役割分担を好まない男性がいる事を忘れてはいけない。そういう男性が日本の社会にどれだけ存在するかは分からないが、多いか少ないかは問題ではない。仕事より家事をしたいと思っているのに、外で働く事を強いられている男性についても、優遇されているとか男に生まれて得したと考えなければいけないのだろうか。私には、どうも釈然としない。
「男は仕事、女は家庭」という考え方は女性に対する差別であるが、同時に男性に対する差別でもある。仕事より家事が好きな男性に、家事を選ぶという選択肢が与えられていないからだ。男性の中には過酷な労働に対して、「給料は今より少なくていいから、自由な時間が欲しい。もっと、人間らしい扱いを受けたい」と思っている人も少なくないだろう。一流企業の会社員だった人が会社を辞めて、農業に転職する例もある。そのような例では、収入より生きがいを求めて転職した場合が多いようだ。
 現在の日本社会が抱える性差別の問題は役割が性別で固定されている事が問題なのであって、どちらがより損をしたかという議論をしても無意味だ。今の枠組みで、男性の中にも女性の中にも損をしている人がいるのだ。家事をやりたい男性は主夫となり、働きたい女性は外で働いて家族を養なってもよいと思う。
 女性が働きやすくなる事は、主夫志願の男性にとっては、むしろ喜ばしいことだ。フェミニストは女性の社会進出の必要性を喧嘩腰で主張するのではなく、「女性が働きやすい環境を作る事は、男性にとっても好ましい」と丁寧に教えてあげるべきだ。
 そもそも、「男が得で、女が損」と主張する女性は金銭的な事ばかりを考えて、男性の精神的あるいは肉体的苦痛についてはほとんど触れていない。どちらがより大きな苦痛を受けたかという事については比べようがないだろう。
 女性が損をしてきたという事を強調する人たちの意図は、「今まで損をしてきたのだから、賠償しろ」と言いたいのだろうか。それとも女性に生まれて損をしたことに対する男性への復讐なのだろうか。まるで夫婦喧嘩のような様相を呈している。全ての男性と全ての女性をあたかもそれぞれ一個の人格と考えているようだが、人によって考え方が違う。離婚の調停ではないのだから、今までどちらが損をしてきたかを比べる意味は無い。
 田嶋陽子氏が主張するように、平均すると女性が圧倒的に損をしていると仮定しよう。その場合でも個々の男性についてみれば、抑圧されている人や損をしている人も存在する。抑圧されている男女の中で男性の数がごく僅かであったとしても、それは決して無視できる存在ではない。両方を解放してあげれば良いのであって、女性だけを解放しようとする態度は了見が狭いと言わざるを得ない。

 女性の就職難と性差別
 日本の社会では就職や昇進に関しては、男性の方が女性より圧倒的に有利な場合が多い。一般的に、女性は自分が望む職種や職場への就職や昇進が難しいのが実状だ。
 もちろん、これは明らかに女性に対する性差別だ。直ちに改める必要がある。しかし、この事から、「日本では女性が一方的に差別されていて、男性は優遇されている。日本は男中心社会だ」と考えるのはあまりに短絡的だ。
 そもそも何故、企業は女性より男性の社員を優先して採用したがるのだろうか。これは必ずしも企業が女性の能力を軽視しているという事が理由ではない。仮に女性の平均的能力が男性より遥かに劣っていたとしても、採用した女子社員の働きが著しく悪い場合は、減俸あるいは解雇などの対処をすれば済むだけの話だ。女性の平均的能力が平均的男性より非常に低かろうと、それ自体は大した問題ではない。企業が男子社員を優先的に採用しているのは、男性の社員の方が女性より扱い易いと考えられている事が大きな理由ではないだろうか。
 他にも、女性は大学などで甘やかされる場合が多いという理由があげられる。大学教授のペット的な存在である事が少なくないのだ。私が通っていた工業大学での経験だが、学生が卒業論文のテーマを選択する際に、学生同士の話し合いにより最初は女子学生が実験を担当する事になっていた。しかし、教授が、「実験は力仕事だから、女性にとっては辛いし、好ましくないのではないか」と言ったために、男子学生が実験を担当する事になった。教授の鶴の一声で女子学生は実験の担当を免れたが、私は釈然としなかった。実験もできないような女性は最初から工学部に入るべきではない。また、一番悪いのはその教授だ。私の出身大学の女子学生は数が少なく甘やかされていたせいもあり、非常に傲慢な女が多く、大事にされて当たり前という意識が強かった。そのような甘えた女が、企業の厳しさについて行けるとはとうてい思えない。
 女子社員を企業が戦力として認めたがらない理由として、「女子社員は会社に定着しようという意識が弱く、腰掛けに過ぎないから」という事が男性の側からも女性の側からも盛んに指摘される。しかし、私はその説に対して疑問を持っている。「女性にとって会社が腰掛に過ぎない」という事も少しは関係あるかもしれないが、会社をすぐ辞めるという点では男性も大差ないのが実態だ。私の経験では入社後一年とか二年といった短いスパンで考えると、むしろ男性の方が辞める割合が高いように思われる。二十年とか三十年といった長いスパンで考えると、男子社員の方が女子社員より同じ会社に留まっている人は多いかもしれない。
 しかし、いずれにしても男性も女性も、今時定年まで同じ会社に勤めるような人は非常に少ない。私が勤めていた会社は女性を戦力と思っていなかったが、キャリア志向の女性は比較的早く退社して、やる気のない女性が長く会社に居座る傾向があった。男性についても同じような傾向があった。むしろ、長くいる社員ほど能力や意欲が低いように感じた。必ずしも、すぐ辞める女性に働く意欲が乏しいわけではない。「女性は腰掛に過ぎないから、あまり雇いたくない」というのは一般に言われているほど大きなポイントではないのではなかろうか。企業の単なる言い訳に過ぎないような気がする。
「女性に対して残業させたり、怒鳴ったり、殴ったりする事には抵抗がある。女性はすぐに泣き出すし、乱暴に扱えば社会的非難も浴びるだろう。しかし、男なら深夜まで残業させたり、怒鳴ったり、殴ったりしてもあまり同情や抗議はされない。若い男を酷使する事については、社会人としての厳しい教育や指導という事で言い逃れできる。多少乱暴に扱っても構わないだろう」という男性軽視の意識が雇用者の側にあると思われる。
 男性は一般的に、若い頃に過酷な扱いを受ける事が多い。これは、男性に対する性差別と言っても過言ではない。むしろ、男性こそが性差別の最大の被害者であると考える事もできる。
 日本では大学や企業などで若い男性の人権が軽視されている場合が多い。しかし、男性は年数を経ると若い頃苦労した褒美として高い地位や収入が与えられてきた。そのようなやり方が、高度経済成長期の日本企業の慣行だった。
 このようなやり方は一時的には非常にうまくいったし、日本の経済を著しく発展させた。しかし、これにより若い男性の人権についてはもちろんだが、女性の就職を困難にし、結果的には女性の人権までも侵害する事になってしまった。特に中高年の女性の場合は深刻な被害を受けている。社会全体として見ると、決して好ましくない。企業としてはいくらでも酷使できる若い男子社員がいるのだから、残業させ難い女子社員をあまり雇いたがらないのは当然だ。また、中高年の女性には職場にいて欲しくないと思う男性が少なくない。職場の花としての要素を期待される若い女性にとってはまだよいとして、中高年の働く女性に対しては極めて過酷な社会となっている。
 このように、女性の就職が難しい根底には、「若い男なら少しくらい酷使しても構わない」という男性蔑視の思想があるように思う。男性には女性の部下や後輩に対して厳しい態度をとることは気が引けるという人が少なくないのではないだろうか。男性のこのような意識は直ちに改めなければならない。
 女性もまた、この事について考える必要がある。フェミニストは女性の解放を考えるのなら、同時に若い男性の解放についても考えてやらなければならない。単に、「男はけしからん。反省しろ」と吼えているだけでは何の解決にもならない。男性の解放が女性の解放につながるのだから、男性の中の被害者と加害者を峻別して、被害者を味方につけるのが得策だ。


 あ、ゴメンナサイ。立ち読み部分はここで終わりなんです。ここまで読んで下さって有りがとうございます。
 このあともっと面白くなりますから買っていただけるとすごく嬉しいです。 


















 あとがき


 本書は女性に厳しく書いたので、女性の中には不愉快に思った人も多いのではないだろうか。「女性に対して無神経だ」、あるいは、「女性に復讐する事が目的ではないのか」と思った人がいるかもしれない。
 私は男代表として本書を書いたわけではない。本書は女性を傷つける事や女性に対する復讐が目的ではないので、書くに当たって、女性が不快に感じないかという事に気を使った。私が過去に出版している本は全て同じ出版社で、担当者は女性なのだが、彼女に対して「原稿を読んで不愉快に感じませんでしたか。偏っていると思いますか」という質問をした。それに対して彼女は、「面白かったですよ。全く不愉快には感じませんでした」と答えた。     後略
























 著者プロフィール

古舘 真(ふるだて・まこと)

一九六四年(昭和三九年)生まれ。
室蘭工業大学工学部建築工学科卒業後、株式会社鴻池組に入社。建築工事現場監督を二年間経験の後、仮設構造物の設計、構造計算に携り、人工知能を駆使しての建物診断システムの開発を担当。建物関係のみならず、経済などに関する専門的な知識を得る。一九九七年、株式会社鴻池組退社。
著書に「ゼネコンが日本を亡ぼす」「『NOと言える日本』への反論」(共に明窓出版)がある。






















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