帝王学の誤解を解く 帝王学こそ教育の神髄 帝王学で我が子の能力を

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 学校教育がさまざまな困難を抱え、教師たちが苦悩を深めている状況の中、奇跡とさえいえる中学校が存在する。 親・子・教師で創った理想の公立中学校 北松園中学校は何をしたのか。 一番重要なのは、制服の着用義務をなくしたことではない。生徒たちの声を聞いたことだ。 「この学校は君たちの学ぶ学校なんだから、どういう学校にしたいか言ってごらん」。 そう言って意見を聞く時間をとり、それを最大限尊重した。 生徒の声を聞く──これはどの学校でもできるはずだ。

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著者の執筆秘話

 1996年4月に盛岡で20番目の公立中学校が新設されることが決定したのは、 1994年の終わりごろであった。
その頃愛知県の大河内君をはじめ、学校におけるいじめを苦にしての生徒の自殺 事件が相次いでいたことに強い義憤を感じていた私は、自身の長女のいじめ問題 で盛岡市立松園中学校を厳しく批判、学校側と立ち回りを演じていた。
そんな時に舞い込んだ中学校新設決定の知らせは、私にとってまさに天佑とさえ 思われた。次女が(学区の関係で)、その中学校に入学することが決まっていた からである。
それまで長女・次女いずれの学校でもPTA活動の類には全く関与したことがな かったが、今度は本気で関わってみよう、ゼロからスタートする新設校なら思い 切った斬新な試みが可能かもしれない、とそんなふうに考えた。
1995年3月に結成された「北松園中学校を考える会」およびその後身とも言 うべき「北松園中PTA設立準備委員会」において、私は主導的な役割を果たし、 96年4月の開校時に、新任の校長ら教職員と父母の代表者との学校創りのため の話し合いを実現させた。
それから約1年、新設中学校の学校創生の取り組みは、生徒・父母・教師の三者 で進められていった。
制服・校則・校歌・部活動等々、これら学校の重要事項が三者の協議によって決 められていくという全国的にも珍しい実践にマスコミも注目、新聞・テレビでし ばしば報道された。何を隠そう、これらマスコミの報道合戦に火をつけたのも、 私自身であった。
第一期生が卒業した1999年、大きな仕事をし終えたという快い満足感に浸っ た私は、一連の教育実践の過程を書物にして世に知らしめたいという思いを強く 抱き、本書の執筆に取りかかったのである。

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