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 殺(や)る! あの人のために。
宗教の本質を問う衝撃の問題作!
 彼女は、正しく道を踏みはずしたのかもしれない……。 信仰とは何か。本書は、真正面からそれを問い、それに対するひとつの答えを提示した、意欲的な小説です。
 日本という風土には宗教が根付かない、と巷間言われ続けてきました。果たしてそれは正しい言説なのか。それが正しいとして、では95年に新興宗教の引き起こした衝撃の事件を始め、現在も世上を騒がす信仰の問題をどう捉えるべきなのか。
 新興宗教と呼ばれるもののなかには、非難・糾弾されるべき教団も数多く存在します。にもかかわらず、いまも新興宗教に入信しようとする人たちが、若者を中心として、あとを絶ちません。(中略)
彼らの入信に対して、「選ぶ道をあやまったのだ」「愚かであるにすぎない」などという頭ごなしの非難だけが、上滑り的に先行しているのが、実状のように見えます。

本文70% 感想BBS 著者profile 推薦
Copyright (C) 2007 明窓出版, All rights reserved













 
         風見 遼 著





 欠けない月


 信仰という劇薬を飲んだ女

 殺る。あの人のために




                                   明窓出版



















   推薦の言葉
●●●●●●●●●●

































  まえがき

●●●●●まえがきなし●●●●●

























       目 次




●●●●●目次なし●●●●●



























 試してはいけない。信じていればいい。
 そんな遠い声が、幾度も耳元をかすめた気がする。
 でも、限界だった。いつからかあたし、疑りの視線で睨みつけてたように思う。あたし自身を。自分がいまも、以前のままの自分でいるのかって。試さずにはいられなかった。信仰厚い修道女が、神さまを試す罪、犯してしまうみたいに。その誘惑、封じこめること、できなかった。
 そう。バレンタインデーをひかえた、小雪舞う週末の夜。
 その女を、この眼で見てみたかった。
 たったそれだけのことで、バーの階段をのぼった。
 それだって、かなりの覚悟が必要だった。
 女がひとりで、見知らぬ酒場へはいる。きらびやかな街の、気取ったバーの店員なら、きっと氷柱の眼差しであたしを刺す。そいつに傷つかない厚化粧に、気合いをいれる。とっておきの服で防禦する。なんて実りのない努力。
 それにもし、あの男と遇ったら。そこで彼女とならんだあの男の、幸せそうな笑いを見つけたら。自分を抑えきれるかどうか、自信なかった。
 もう六年になる。
 ずっと、あの男だけを見つめてきた。
 どれだけの女がそのあいだ、あの男のことを遠くから想っただろう。
 だけどあの男、特定の恋人をつくろうとしなかった。女と寝たって噂、聞いたことがない。すくなくともあたしの知る限りでは。頑なにその孤塁を守りながら、そこから駆けおりるように、女たちと陽気に接してた。まるで、きっとあらわれるはずの女を、ひたすら待ちつづけてるみたいに。こみあげてくる性欲をどう噛み殺してるのか。それだけが、あの男の噂だった。
 あの男への想いを断ち切った、幾人もの女たち。男をなじった女がいた。そっと姿を消した女がいた。あたしのなぐさめを受けいれた女がいた。
 その都度あたしは、秘めた想いを強くした。自分の気持ち、ぐらつかないって。男が恋人の席を与えない、だから男から離れる。そんな単純な公式を軽蔑した。断固拒否した。あの男をあきらめる女を見いだすの、言いしれぬ悦びだった。恋敵が減るからじゃあない。自分自身が清められてく悦びだった。あの男への想い、もっと純粋になる気がした。
 それどころか、あの男を想う女があらわれるのさえ、悦びだったかもしれない。どんな女があらわれても、あたしはゆるがない。その澄んだ想いを呑みこむ、喉ごしの爽快さまで、ひそやかに味わってた気がする。
 そのくせ、いつも怖がってた。だれかに忠告めいて耳打ちされるのを。彼、あなたには高望みじゃないかしら、って。
 でもたぶん、それって正しい。
 百点満点のテストなら、自分には六十点が精一杯。十五歳の頃から、そんなふうに現実が教えてきたはずなのに。あたし、それを学んでない。自分と釣りあいそうな男を選んで、その相手と、ふわふわ甘い恋愛を楽しむことだってできた。それが知恵ってもの。なのにあたしの心、そっちへ傾いていけなかった。
 だからその夜。あたしは最後に学ぶため、身にしみて学ぶため、バーへ足を踏みいれた。たぶん、そういうこと。……ただあの女を見たかった、ってだけじゃない。六年間の自分を、あたしの信じてきたあたし自身を、裏切りたかったのかも。その一夜で、ひと思いに。
 かじかむ手が、バーの重いドアにふるえた。
 押しひろげた酒場は、思いのほか狭かった。
 こんなバーへ、あの男が通いつめてるなんて。聞いてたとおり、若い客しかいない。なのに豪華なインテリアのなか、だれもが上品そうにふるまってる。
 学生時代のあの男なら、絶対足をむけなかったわ。ちょっぴりだらしなくって、ほんのり危険なにおいのただようクラブ。とんがった主人が、陽気な音楽と奇妙な料理と笑えないジョークをテーブルにならべるバー。あたしたちが好んでたむろしてたのは、いつだってそんな場所だったはず。
 カウンターへ案内された。ボーイがゆっくりと椅子を引く。
 ラッキーって言うべきなんだろうな。だって背後のテーブルに、その女がいた。いつか写真で見たことある。そんな卑しい記憶力になら自信がある。
 彼女の横に、あの男はいない。それにホッとするより先、未練がましく唇をみしめてた。
 その唇を、そっと痛みから解き放つ。
「ジン・リッキーを」
 バーテンダーが首を折る。あの男のいつもの食前酒。
 見知った顔、ひとつもない。
 そう。あの男の学生時代のサークル仲間たちのなかへ、あたしは編みこまれてた。それは淡練りの、気取りのない、快活な人間模様だった。その肌ざわりのよさに、幾度なぐさめられたっけ。いまあたしの背後にひろがるのは、それとは全然別のデザイン。ひんやりと光沢のある、エレガントな。それが、あの男に似合わないわけじゃあないってこと、あたしは苦く見てとった。
 いつまでも、おんなじ服ってわけにはいかないもの。あの男だって。
 そうは思いながらも、あたしひとり、着古された流行遅れの衣裳の気分だった。あたしと後ろの席とのあいだに、一本の線。それをあの男、くっきりと引いてる。
 ずるい男。
 でもあたしの気持ち、そんなことでぐらつくはずがない……。
 言い聴かせる自分が弱かった。
 バーテンダーが無愛想にお酒を置く。ひと口、舐めてみる。あたしの臆病さを嘲笑うように、お酒が喉を灼いた。
 酒場の床をめぐる哀しみのボサノバ。ときおりあたしの足を洗う。背後の会話は、旋律の波に乗って打ち寄せる。
 カメみたいに曲げた、硬い背中。そこへ神経が集中していく。
「神を信じてる国の男はダメよ、結婚相手としてはね。あそぶのなら最高だけど」
 その女はくすくす笑った。きっと昔の男でもおもいだしてるんだわ。
 そうっと背後に首を伸ばしてみる。
 写真で見たとおり、華やいで美しかった。子供の頃ヨーロッパが長かったって聞いてる。いかにもいいところのお嬢さま。肩の張った仕立てのいいスーツが、そう言いふらしてる。
 彼女の前にも、ジン・リッキー。グラスのなかに半切りのライムが沈んでる。伸びきってたあたしの視線、熱にふれたみたいに、ひゅっと縮む。
 あたしのグラスに浮かぶ緑の半球、彼女の残りかしら。
「ラテン系は避けたいわ。イタリアとかスペインとか、カソリックの男どもはね。信心深い環境って、男を軽いノリにしちゃうのじゃないかしら。最後は神に頼っちゃうでしょ。タイとかインドネシアとか、旅先ですぐ声をかけてくる連中もそうよ。あの連中も意外に信仰心が厚くって、だからあそび人になっちゃうのね。で、あとで神にゆるしを乞うの。女にゆるしを乞うんじゃあなくってね」
 あたしより、この女を選ぶ。百人の男がいたら、百人ともそう言うかしら。
 だからって、あたしは折れ曲がるの?
 でも、あの男はこの女を選んだ。それも軽々と。噂では、婚約までほのめかしたとか。この女は、あたしの顔も名前も知らない。
 せめてあたしに、自分を名乗って、あばけるようなあの男との過去があったら。
 傾けたグラスを唇でふれてみる。
 あの男とは、なんにもなかった。一度だけ。そう、唐突にあの男、唇を押しつけてきた。それっきり。あの男の気まぐれ。あたしが欲しいなら、覚悟はしてるんでしょ。そう言って睨みつけたら、あの男、笑った。ほがらかに笑って、もう一度強がりのキスをして。それでおしまい。
 だけど、この女なら。かりにあの男との過去があって、それをあばいてみせても、きっと動揺なんてしない。それとおんなじ確率で、あたしはみじめになるだけ。それでもって、この女にまっすぐ見つめられでもしたら。たぶんあたし、自分の負けを認めてしまうんだわ。
 ふと、ひっくり返ったカメの姿の自分を想像する。あたしは笑った。笑ったぶんだけ、自分を哀れんだ。
「やっぱり、神なんてあまり信じない国の男のほうがいいわ。ドイツ系とか」
「日本人も、でしょ?」
 取り巻きの女が媚びてみせる。ああ。思わず眼を閉じた。あたしの役どころって、せいぜいこの女どまり。顔は見なくっても、この女なら想像はつく。
「そうよ」
 彼女の返答、明るくって自信に満ちている。
「最後は自分で決断できる男じゃなくちゃあ。日本人も、神頼みしない男なら、結婚相手としてぴったりよ」
 あふれる冷やかしの声。たっぷりと祝福の気分がこめられてる。背中にまとわりついて、あたしをこわばらせる。
「ドイツ人や日本人は、だから暗いのさ。生活に溶けこんでる神がいないから。自分で神をさがそうとしちゃう。それをさがしあぐねて、ヒトラーに頼ったりしちまうんだ。そうじゃないか?」
 男の声が、背後の雰囲気をひび割った。
 だれかしら、この女に言い返せるなんて。ふうっと瞼が開く。
 ふりむく気はしない。だけど拍手は送りたかった。ひび割れをもっと、こなごなにするくらいの……。壊れかけた場の空気を冷ややかに読んで、ちょっぴり背中の甲羅がやわらいだ。
 あたし、この女やあの男を呪ってるかしら。で、これからもずっと、彼らの幸せを呪いつづける?
 ぞっとした。
 お酒をあおった。ぼんやりと、カウンターのなかのバーテンダーのしぐさに眼をとめた。でないと、どこかへ視線がさまよいそう。
 今日もたぶん、いつもの夜がやってくる。なにをしていいのか、わからない夜。
 夜、ひとりでいると、ふいに涙がこぼれてくる。背負った気持ちを、ごと、夜へむかって投げつけたくなる。
 もてあます夜を、どうすごせばいい? こんなあたしを、なにが受けとめてくれる?
 せめて、すがれる女になりたかった。あたしを棄てないでって。あの男にもてあそばれた、哀れな女になりたかった。
「なにか、お召しあがりになりますか」
 瞳の底に笑いを浮かべ、バーテンダーが重い本革のメニューを差しだす。
 ゆっくりと吐き気がこみあげてきた。
 首をふって、あたしはお手洗いへ逃げこんだ。
 洗面台の底に栓をする。蛇口を開き、水を満たした。悪寒が足元から這いあがってくる。暖房は、ここまでは届いてない。
 バッグからナイフをとりだした。子供の頃から守り刀にしてきたそれ、強く握りしめた。
 じっと、満ちてくる水を見つめた。
 もう信じるものなんて、なにもない。
 なにか信じられるもの、熱くなれるもの、もう見つからない。それともそんなもの、最初からなかったのかも。
 鞘をはらって、その刃を左手首へ押しあてた。
 ひんやりと冷たい。
 手首からしたたるはずの、黒い血を想った。どれだけ、手首を水のなかに沈めていられるだろう。どれだけ、その痛みに耐えることができるかしら。
 ウソつき! 死ぬ勇気なんて、ないくせに。
 あたしは自分をののしった。

   欠けない月

 大樹の下、深緑からしたたる陽光をくぐった。雨あがりの、半袖の午後だった。
 五月最後の土曜日。
 どこまでも空は青い。深い、すがすがしい青だった。なんで、こんなに美しいんだろう。その青を胸いっぱいに、ぽおんとひとつスキップでもしたら、なにかいいこと起こりそう。そんな予感が、喉元までこみあげてくる。
 キャッ。
 思わず、ちいさな悲鳴がこぼれた。自転車がすぐ脇をかすめぬけた。
 あぶないじゃない! ふりむいて、すでに遠い自転車を睨みつける。
 ため息をもらして、気がついた。澄みきった青の予感、飛び散ってた。それとも驚いて呑みこんじゃったのかしら。その気配もない。
 ぶわん、と心で金属音が鳴る……。


 あ、ゴメンナサイ。立ち読み部分はここで終わりなんです。ここまで読んで下さって有りがとうございます。
 このあともっと面白くなりますから買っていただけるとすごく嬉しいです。 

















 あとがき

 ●●●●●あとがきなし●●●●●
























 著者プロフィール

風見 遼(かざみ りょう)

1960年生まれ。東京大学卒業。文化放送、制作部・報道部勤務。退社後、予備校講師。
http://www.kazami.net/
e-mail ryo@kazami.net






















本の誕生秘話

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