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「まったく、身勝手でわがままなんだから。
 でも、そこがかわいいんだけどね?」
 愛されていた時の言葉は今も耳から離れない。
 けれど、身勝手でわがままな僕の情熱が、
 淡雪のような陽子の情愛を溶かし、涙に変えてしまった。
(眷恋)
平凡な女たちの中で、ひときわ目立つ派手な顔立ち。
凛とした態度から滲み出る強烈な個性とパワー。
「迫力あるな、あの女。でも、べっぴん!」
赤の他人に何度言わせたことだろう、そのセリフを。
しかし、そんなセリフを言わせずにはおかない森尾秘
の前に好敵手が現われた。(ウルトラ・ショック!)
他二編

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         黒田しおん 著





 華やかな微熱





                                   明窓出版



















   推薦の言葉
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  まえがき

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       目 次




●●●●●目次なし●●●●●


























  眷 恋








「まったく、身勝手でわがままなんだから。でも、そこがかわいいんだけどね?」
 愛されていた時の言葉は今も耳から離れない。けれど、身勝手でわがままな僕の情熱が、淡雪のような陽子の情愛を溶かし、涙に変えてしまった。
「二人だけで会いたいんだよ」
「無理なこと言わないで。直樹、もっと大人の恋愛しようよ」
「なんだよそれ」
「分かってよ。私には子供がいるの」
「だからなんだよ。いつも子供、子供って、俺のことなんか、どうでもいいのかよ」
「じゃ、子供を置いて、何もかも捨てて、直樹の所へ行けって言うの?」
「……分かった。もういいよ。お前なんか、うんざりだ!」
 深夜、自室で携帯電話を握りしめ、不自由な恋愛に怒りを覚えた僕は、聞き分けのない子供のような捨て台詞を吐き、電話を切った。




「直樹。明日、十時ごろ契約に来る人がいるから、午前中だけ事務所にいてくれる?」
「うん、いいけど、姉ちゃんは?」
「事務所の女の子の結婚式に行くのよ」
「あ、そうか。で、契約に来る人って男? 女?」
「女の人。二十六歳で四歳の男の子がいるシングルマザーなんだって」
「ふぅーん」
 二十五歳で独身の姉を見ていると、二十六歳のシングルマザーは遠い存在でしかなかった。
「コーポ・リオンの305号室なの。契約書二枚と領収書とカードキーと金庫。分かる?」
「前にもやったことあるから大丈夫だよ」
「ならいいけど……。ねぇ、愛想よくしてよ?」
「分かってるよ」
 姉の優美は、わがままな弟の素顔しか見ていない。その僕の接客態度に不安を残しつつも、留守を頼むしかなかった。
 二年前、母が癌で亡くなると、父は家業の宅地建物取引業経営を姉に任せて妾宅に入り浸り、事業も家族も顧みない放蕩生活にのめり込んでいた。したがって、事実上、目黒不動産の代表取締役は姉の優美で、東支店の営業課長、藤村義行が公私共に姉の良きパートナーになっていた。
「姉ちゃん、藤村さんと結婚しないの?」
 姉と二人だけの夕食で、その日の話題を提供するのが僕の役割だった。
「お父さん、いい顔しないから」
「親父なんか関係ないだろう。好き勝手なことしてて」
「それより直樹、宅建の勉強する気ない?」
「跡継ぎになる気はないよ」
「じゃ、卒業したらどうするの?」
「そのうち決めるよ」
 姉は、わがままな僕の機嫌をとりながら自分の本音は包み隠す。
「だけど、姉ちゃんが結婚したら俺も早く結婚して、奥さんには優しくて思いやりのある男になるんだ。間違っても親父のようにはならないから」
「そうなって欲しいけどね」
 苦笑した姉は席を立ち、テーブルの上を片づけはじめた。
「そういえば、明日のお客さん、きっと直樹好みのタイプよ」
「どういう人?」
「母性愛にDれた綺麗な人」
「ウルトラ美人?」
「ウルトラとは言えないけど、そこそこの美人顔だったかな」
「なんだ。そこそこか。もっとも、いくら綺麗でも、コブ付きじゃね」
 二十歳の学生だった僕は、女性への興味はあくまでも外見に留まり、恋愛の桎梏となる子持ちの女性は埒外だった。
 ところが、短気直情型な僕の性格を知りつつ、姉は期待させるようなことを言う。
「直樹が好きな奥居香のような雰囲気の人だったけど」
「顔は?」
「顔も」
「メチャメチャいい女じゃん」
「でも、本人が来るわけじゃないんだから、あんまり期待しない方がいいんじゃない?」
「そりゃそうだけど。……まあね、姉ちゃんの言うことは、あんまりあてにならないからな」
 その時、まだ身を焦がすような恋を知らなかった僕は、人気歌手やタレントに熱を上げる程度の幼い興味で、明日の接客に少しばかりの期待を抱いた。 

 翌日。
 十時前、事務所に来客があった。
「こんにちは。麻生と申しますが」
「……あぁ! 賃貸契約の」
「はい」
 名前は聞いていなかったが、姉が言っていた確かに僕好みのタイプの訪問客を前に、納得の視線が歓喜に揺れた。
「麻生さんとおっしゃるんですか」
「ええ。あの、先日の女の方は」
「たぶん姉だと思います。今日は都合が悪いので代わりに僕が。あ、どうぞ、お掛けになって下さい。今コーヒー淹れますから」
 彼女は幾分戸惑い顔で来客用の椅子に座ると、テーブルの灰皿を手元に引き寄せた。
「煙草、いい?」
「いいですよ。どうぞ」
 コーヒーを差し出し彼女に向き合うと、とりあえず契約書類を脇に置いた。
「大学生?」
「そうです」
「今日はお休み? 授業」
「春休みですから」
「あ、そうか。大学は早いのよね」
 包容力のある声音で応えながら、真紅のマニキュアを塗った綺麗な指で煙草の灰を落とす。その仕種に見とれていると彼女は小さく笑った。
「なにか、おかしいですか?」
「ううん。ごめんね。少し緊張気味に見えたから」
「あぁ。そうですね」
「どうして?」
「今日、契約に来るお客さんが奥居香に似てるって聞いて、あんまり期待してなかったんですけど、本当に似てたから、なんか緊張しちゃって」
「ファンなの?」
「はい」
「奥居香ねぇ、言われたことないけど」
 僕の興味ほどには関心を示さず、煙草をもみ消した指でコーヒーカップを口元に運ぶ。
 その、しなやかな指の動きは官能的で、動揺を悟られぬよう正視を避けた僕は、脇の書類をテーブルに載せ出し抜けに契約の手続きを始めた。
「あの、賃貸契約は、本郷町のコーポ・リオン305号室でいいんですよね?」
「えぇ、そうです」
「じゃ、さっそくですが、契約書にサインをしていただけますか? 一部はお返しします」
 すると彼女は、バッグから取り出した茶封筒を僕に差し出した。
「これが契約金です。前金、敷金、礼金、全部で二十八万円入ってますから、確認して下さい」
 その口調、表情、視線から滲み出た誠実そうな人柄が、初対面の印象に新たな魅力を加えた。
「……二十八万円、確かにお預かりしました。これが領収書です。一応、二年契約で、お客様からの申し出がなければ自動更新になります。それと、これが部屋のカードキーと、スペアキー。それから、駐車場は利用されますか?」
「隣よね?」
「そうです。305を使って下さい。他に何かありますか?」
「いえ。……これでいいですか?」
 署名、捺印を済ませた契約書が二枚、目の前に広げられた。
「麻生陽子さん、ですか。綺麗な字ですね」
「そう? あんまり誉められたことないけど」
「いや、綺麗ですよ。それで、入居されるのは四月一日ですか?」
「そうです。子供の春休み中にね」
「あぁ、なるほど。そうですよねぇ」
 相槌を打ち深く頷いた僕の耳に再び小さな笑い声が届く。
「なにか、変なこと言いました?」
「ううん。目黒不動産は親切で面白いなと思って」
「あぁ……、まぁ……、そうですか」
「ふっふふふ」
 接客に不馴れな僕の無器用な応対が、かえって彼女の信頼感と好感度を勝ち得たらしく、契約の手続きが終了すると彼女の関心がほんの少し僕に向けられた。
「大学って、そのコーポの近くの?」
「そうです」
「何年生?」
「今度三年です」
「じゃ、二十歳?」
「はい」
「お名前は?」
「目黒直樹です」
「俳優みたいな名前なのね」
「はっ。名前負けですけど」
「そんなことないわよ。ハンサムで素敵なお兄さんよ」
 軽やかでスピード感のある質問は快く、返答に照れと笑顔が混じる。
「あのコーポの前、通学路なんです。だから、お会いするかもしれませんね」
「じゃ、気が向いたら学校の帰りに寄って? お兄ちゃん欲しがりの四歳の息子がいるから、夕ごはんぐらいご馳走するわ」
「はっ。俺、単純だから、すぐ本気にしますよ」
「私も義理合は苦手だから、本音しか言わないの」
 そう言って、微笑む彼女の真っ直ぐな視線に向き合った時、新たな期待の波が打ち寄せ、淡いときめきの波紋が拡がった。




 晴天と曇天が交互に訪れ、冴えない日々を過ごした大型連休最後の日。
 昼過ぎ、アルバイト先のハンバーガーショップにバイクで乗り付け、従業員専用出入り口に向かった時、ドライブスルーに入ってきた車が停車した。
 見るともなしに目を向けると、運転席側の窓が開き、陽子が顔を覗かせた。
「こんにちは」 
「あぁ、どうも」
「バイクは、ドライブスルー使えないの?」
「いや、これからバイトなんです。ここで」
「あ、そうだったの。じゃ、熱い戦いね? ハンバーガーショップ!」
「あ、それ嘉門達夫の歌でしょう」
「そう。あれ好きなの」
「俺も好き。ふっ、なんだか、おっかしいな」
 年齢差を感じさせない陽子の軽口は小気味よく、陽子に向かって心が一気に広がる。
「昼飯ですか?」
「そう。今日は子供がいないから簡単に済まそうと思って。なんてね? 週に一度は来てるの。平日の半額を狙って」
「ははっ。じゃ今度、まとめて持って行ってあげますよ」
「本当?」
「うん。三十個ぐらい?」
「そんなに?」
「冷凍しとけば持つから」
「それはそうだけど」
「でもな、やっぱり頻繁に来てもらいたいから、三個ぐらいにしとくか」
「それなら、毎日デリバリーして欲しいな」
「……はぁ」
「ふっふふふ。冗談よ。あ、後ろから車来たから、じゃ、またね?」
「あ、いつがいいですか? デリバリー」
「えっ? あぁ、いつでも。じゃあね?」
「……よし! やった!」
 僕は有頂天だった。これで陽子の部屋を堂々と訪問する理由ができた。

 平日は夕方の五時から十時まで、土日祝日は午後一時から夕方六時まで、大学近くのハンバーガーショップでアルバイトをしていた僕は、この偶然に感謝をし、翌週の土曜日さっそく陽子の部屋を訪れた。
 夕方、六時過ぎに店を出ると、バイクのハンドルに三十個のハンバーガーを入れたビニール袋を下げ、五分後コーポ・リオンに到着した。
 階段下にバイクを駐めると一段飛ばしで三階まで駆け上がり、305号室の前で呼吸を整えチャイムを鳴らした。
 逸る気持ちと照れ臭さが混在し、ドアが開くまでの数秒間で驚く陽子の様々な表情が想像できた。
 ところが、いざドアが開き陽子が現れると、ビニール袋に入った僕の気持ちが勝手に飛び出した。
「こんにちは。あの、これ」
 唐突で無造作な言葉に込められた僕の好意を素早く読み取った陽子は、笑いを湛えながら言った。
「本当に三十個も持ってきてくれたの?」
「うん。あと、ハッピーセット二個と、他にもいろいろ入ってる」
「……どうもありがとう」
 穏やかな笑みを浮かべて答えた陽子は、ビニール袋を受け取ると、「入って」と僕を招き入れた。
「うわ、綺麗」
 一歩踏み込んだキッチンの印象をポロリ漏らすと、陽子はクスクス笑い、目の前のドアを開けた。
 同時に、男の子が振り返る。
「準ちゃん、ほら、すごいでしょう。ハンバーガー三十個も持って来てくれたのよ、このお兄ちゃんが」
「チーズバーガー?」
 初対面の男の子は無表情で訊き返した。
「ごめんね。一人っ子でわがままだから、あいさつも出来なくて」
「俺も小さい時そうだったから。あぁ、それで袋の中身は、ハッピーセット二個、ハンバーガー十個、チーズバーガー十個、フィレオフィッシュ十個、アップルパイ二個、ベーコンポテトパイ二個」
「いくら?」
「えっ? いや、そんなつもりないよ。それに、半分はくすねたから大したことないんだよ」
「でも……」
「本当は、これがないと来られなかったから、いい口実になったの。はっ」
「そうなの? じゃ、今回は遠慮なく戴きます」
「どうぞ」
「チーズバーガー」
 二人の会話に焦れた様子の子供が割って入った。
「真ん中の段がチーズバーガーだよ」
 陽子に耳打ちし壁ぎわに腰を下ろすと、陽子と息子のやりとりを眺めつつ、暖色で統一した室内に目を向けた。
 その時、
「直ちゃんは?」
と、母親口調の陽子に驚かされ、にわか仕立ての家族の一員に加えられたような気恥ずかしさを覚えた。
「あ、俺? 俺はいい。もう見るのも嫌なほど食べたから」
「じゃ、何が食べたい? 作るから」
「別に腹へってないから」
「じゃ、コーヒー淹れるわね」
 陽子が居間から出て行くと、初めて訪れた母子家庭で子供に注ぐ陽子の母性愛を目の当りにした僕は、居たたまれないような違和感と疎外感を覚えた。その元凶とも言える一人息子は僕を無視するような態度で背を向け、子供に人気のテレビ番組に夢中になっている。
 そんな僕の心情を敏感に察知した陽子は、キッチンから戻ると息子の背中を見ながら煙草を手に取り、隣に座った。
「ごめんね。退屈でしょう?」
「ううん。……あの、もしかして、MACで仕事してるの?」
 話題に事欠き窓際のデスクに置かれたパソコンに話題を向けると、陽子の表情が男の質問に答える女の顔に変わった。
「内職だけど、結構な収入源にはなってるの」
「どういう仕事?」
「今の所は広告出版業社の制作。文字入力の他に、イラストを描いたり写真を取り込んだりするの」
「家で出来るいい仕事だね」
「準一が中学生になるまでは在宅の仕事しか出来ないから、探したのよ」
「あ、そうか」
「来年からインターネットの仕事も出来るようになるの。あと十年ぐらいは、この仕事で頑張るつもり」
 そう言い、明るく微笑む陽子の優しい笑顔に悲壮美が重なる。
「俺、役に立ちたいな」
「何の役に?」
「麻生陽子さんの」
「気持ちだけ貰っておくわ」
 僕の気持ちを煙草の灰と一緒にさりげなく灰皿に落とす。その手は艶かしく、息子の前で母親の顔になることはできても、煙草を持つ指だけは母親になりきれない女の指に見えた。
「マニキュア塗らないの?」
「家にいる時はね。子供が嫌がるから」
「綺麗な指なのに、もったいないな」
「好きなの? マニキュア」
「うん。色っぽく見えるから」
「……男って、恋人にはマニキュア塗る女が好きだって言っておきながら、結婚すると不潔そうな目で見るのよね」
 陽子は遠い目でそう言い、過去の男への冷え固まった憤懣を捨てられずに喘ぐ、悩ましい女の横顔を見せる。
 僕は、その憤懣を溶かすほどの暖かい愛情を注いでやりたかった。
 その時、ふいに振り返った準一が僕と目が会うと立ち上がり、陽子にしがみ付き懐にうずくまった。
「『ウルトラマンダイナ』終わった」
「じゃ、今度は『ハクション大魔王』?」
「らんま」
「そうだっけ?」
「そうだよッ!」
 癇癪を起こし甘える準一の頭を撫でる陽子の手は、母親とは思えないほど妖艶な女の色香を感じさせる。
「なんか、いいな。俺も子供になりたいな」
「ふっ。子供じゃない」
「……どういう意味?」
「えっ?」
 侮辱と受け取った僕を陽子が意外そうな顔で見つめ返した時、準一がぐずり出した。
「俺、そろそろ帰る」
「どうして、まだいいじゃない」
 親しい女友達に返すような言葉で陽子は安易に引き留める。
「七時から見たいテレビあるから。じゃ」
 すると陽子は準一を抱きかかえ、玄関口に向かう僕の背中に声をかけた。
「ごめんね。怒らせちゃったみたいね。でも、また来て」
 そして肩に手が触れた。
「いつでもいいから。ね?」
 準一の存在が視界から失せると、陽子の優しい声が頬擦りし、まるで背後から抱きしめられたような陶酔感を覚えた僕は、黙って頷いた。


 あ、ゴメンナサイ。立ち読み部分はここで終わりなんです。ここまで読んで下さって有りがとうございます。
 このあともっと面白くなりますから買っていただけるとすごく嬉しいです。 


















 あとがき

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 著者プロフィール

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本の誕生秘話

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関連書籍の紹介

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 読者感想文

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