上野霄里を知り、上野霄里と最も近く、上野霄里に最大の影響を受けた男。

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「ザンゲを…」と言っていた
牧師自身の告白が始まると
やがて放蕩息子の中の氷山は
大音響と共に砕け散った

目次 推薦 本文70%

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推薦の言葉
「『放蕩息子の告白』を少しずつ読み始めています。六十過ぎた今、ふつふつと心の中に燻っていた本当の文学の形、ロゴス(日々の生活の中の言葉)や、それ以上にパトス(生き方の中でその人次第でどうにでも変わる言葉の数々)が動き出した彼の原稿は、あらゆる意味において、私を揺さぶっています。」
(上野霄里氏【序文】より)

古賀孜氏(評論家)
;全編に奥深く詩魂がみなぎっている。本書はまさしく、奇書と呼んでいいでしょう。

中川和也氏(チベット仏教研究家)
;作者の魂の根っこには、あの縄文土器を造り出した人間がかもしだすような体質、血液が、うねるように巻きついていて、離れなかったように思われる。著者は縄文の遺伝子を強く刻印された人物であろう。

上野霄里氏(宗教哲学者)
;佐藤文郎は、力をこめて自分史でないものを、又自分史とは全く対岸にある懺悔の記録を書いた。心ある人々にそれなりに大きな力を与えることを私は信じて止まない。

本田康典氏(英文学者)
;『放蕩息子の告白』は読みごたえのある作品でした。放蕩息子というより、近年あまり見かけなくなった文学青年の告白と私は受けとりました。一服の清涼剤の趣がありました。ミラーと上野霄里氏の貴重な逸話も散見するので「ヘンリー・ミラー協会」の書誌に本書を情報として伝えておきます。

及川和男氏(作家)
;一つの確固とした文学世界を形にされたことを嬉しく存じます。現代のヘナチョコ文学の氾濫の中に、この一本の杭は特異であり、濁流に染まらない清冽さを放っているかのように思われます。

































まえがき

●●●●●まえがきの中身●●●●●

























目次




【序文】青春群像の語り部上野霄里
あらゆる意味で私を揺さぶっています

一章 10
二章 86
三章 140
(吊祭)158
1159
2225
3269
四章 314

私小説の魂に与うる讃歌386
『自然とカミ』序394












ぼくは自分の欠点のめくらでもなければ、自分の仕事を自慢するわけでもないのだ。ぼくが、もっともっと見ようとするのは、ぼくの人生の不思議な部分なのだ。人がいうように「魔法をかけられた」人生だった。
〈ヘンリー・ミラー〉
『わが青春のともだち』第6章〈マックス・ウィンスロップ〉
(田村隆一・北村太郎訳)

























第4章
ハナコの叔母の家で知合った男は、県北の方にある港町のK市で高校教師をする傍ら、平泉町でガソリン・スタンドを経営していると言った。「ハナちゃんの叔母さんから君のことを聞いたが、どうかね、一年間ぐらいかけて、武者修行のつもりで日本全国を巡ってきたら。費用は俺が見て上げるよ。もちろん、ハナちゃん達の生活も心配はいらんさ。ただ巡るといっても雲をつかむような話だろうから、今、俺の店で「南部めくら暦」という、江戸期の文盲用の珍しい暦の出版を考えてて、もう出来上がってくるはずなんだ。それを持って全国の学校を回ってくれば?一部五百円だが、売れても売れなくてもかまわんさ」 まことに魅力に富んだ力強い言葉であった。なんの当てがあって教師を辞めたわけではなかった。早速、翌日、出社とあいなった。一週間ほどして、その「南部めくら暦」が出来てきた。ところが、日本全国武者修行の旅というロマン溢れる計画は、いっこうに実行に移される気配はなく、来る日も来る日も、ガソリン・スタンドの裏の事務所で、その男の細君と、事務員が、こんなもの売れるわけがないとか、社長はまた愚にもつかぬものを作ったとか言うのを耳にしながら、いつの間にか、経費節減とでも女房に説き伏せられたのだろう、DMのハガキの宛名書きに変更されていた。
男は、今度は、中尊寺の秘仏(一字金輪仏│人肌の大日さま)を壁掛け風にプラスチックでレリーフし、金粉をほどこしたものをこしらえてきた。それらを持って、中尊寺や毛越寺の土産店を回って来いと、だいぶみみっちい話に変わった。バカバカしくなって、三日目にタイムカードを打つと、事務所を後にOさんの家に向かった。そこで、私学講師の授業を終えて帰るD氏と落ち合う。そしてそれが日課となった。男の細君と事務員は、唖然としてぼくの後ろ姿を見送り、夕方憮然とした顔をして迎えていることは知っていた。
Oさんの所で、十時五十分、計ったような時間だ。坂の下からカタカタと自転車を引く音がして、D氏が、息を弾ませながら飛び込んで来る。午前の講義を終えての帰り道だった。この時間からの、緑茶をすすりながら談笑しあうのが、この館にやってくるもう一つの理由だった。Oさんとぼくの二人がD氏の話の聞き役だった。聖書の話はめったにしなくなっていた。博覧強記という言葉はD氏のためにあるように思えた。数カ国の外国語に通じていたし、フランス語、ドイツ語、英語の三カ国語は、通訳の資格を所持していた。アメリカの地方の方言もほとんどマスターしていると聞いていた。ミラーへのエア・メールを、郵便局のカウンターで書いて投函するのを横にいて見てたことがあるが、最後の一字を書き了えるまでスピードが一定だった。どんな文章を書くのも、下書きは無しだと常に語っている通りだった。書き始めて、用紙の斜め下の対角上で最後に打つピリオドまで、何をどう書くかは自動的にきちっと頭に入っているのだと言った。
きょうもOさんが、夏目漱石のことを一寸質問した。すると、上古から近世までの日本文学の系譜をたどり、白樺派、自然主義、プロレタリア、新思潮、戦後文学までの、夏目漱石との係わりを分かりやすく、時には二人の疑問に答えながら話してくれた。
神学校時代恚烽フ口揩ニいうニックネームがついていたという話を思いだした。刀剣の話や陶器のこと、尺八の製法、それを実際Oさんの目の前で、近くの竹藪から竹を切ってきて作って見せたそうだ。それから、切腹の話を始めた。衣服をひらき、腹部に短刀を突き立てる手つきをしてみせながら作法を語った。茶人達の逸話、戦国の武将達の閨房での睦言、かと思うと現代美術の戦士たちであるヴォルスや、フォンタナや、デュシャンの絵画を語り、老子と荘子について、ひとくさり差しはさみ、中国、明代の異端の儒者、李贄の『焚書』に移った。そして彼が絶大な影響を及ぼした吉田松陰と「知己」の話には特に感銘した。吉原遊郭の花魁たちのエピソードから一転してヘンリー・ミラーの近況、そうかと思うと広沢虎造の「清水の次郎長」の恊Xの石松揩フくだりを、身ぶり手振りで立ち上がって実演におよんだ。金の口だけでなく、金の頭脳、金の心というニックネームも欲しいと思った。
そして、口も滑らかになり、空気も和らいだところをみはからうように、鞄から、広告紙の裏に書いた原稿を取りだすと、いつもの様に朗読が始まった。D氏の奥さんが切りそろえた広告紙、包装紙の裏に、十枚から十五枚ずつ、毎日、四年半も続いているという原稿であった。それは、ここ数千年の人間文明社会の恥垢を呪いとばす言葉で満ちていた。二人は、これを聴いて椅子の上 で、ふんぞり返ったり、また反対に、言われているのが自分のような気がして、唇を小さくわななかせたりした。
《一切の道徳を踏み外し論理性を無視し伝統を忘れ常識を破壊する生き方をし
ていてなお人々の心をひきつける魅力にあふれた人物でなくてはならない。
そういう人間になるまで例えどれ程人々に信用されていても決して安息する生
活に入ることは許されない。魅力のない人間と翼のない鳥は間もなく亡びる人
々はその人間のその人らしくない無理をした生き方に信用をおいているので
あってその人間が一瞬我を忘れ緊張をほどいてあくびをしたとたんに
人々の関心は他に向いてしまう。だからこの社会の大物といった存在は大抵
呼吸さえしていないような素振りで暮らすことを余儀なくされている。ここに猿
芝居がある。こっけいきわまりない喜劇がある。本人が死にもの狂いでいるだけに
そのおかしさは無類である。真に偉大な人物とは自分のしたい放題のことをや
ってのけてなお信じられている人間である。義理など糞喰らえ!だがもし
九十九の義理をすてて一つの義理を守っているならむしろ百の義理を守ってい
た方が健康に良いはずである。だから私は百の義理をきれいさっぱりすて去
っている。世間に対して申し訳ないというこの呪文にも似た愚かで妙ちくりんな
発想はずたずたに切り裂いて肥溜めに投げ込んでしまうに限る。世間様の口に
のるような生き方をしては一生の恥だといいながらおどおどびくびくまる
でどぶねずみ同然の生き方をしている大半の人間だから何を行うべきかとい
うことよりは何を行わないですませるかということに神経を使う。出来ることな
ら一生頭をすっぽり押入の中の小便くさい布団の中に埋めてじっとしたま
まやりすごしてしまいたいところなのである》
この毎日のように読まれる原稿は、すべて、『単細胞的思考』という表題だった。組織や団体、グループなどとの持ちつ持たれつといった癒着が、個々の自立しようとする精神を衰弱させ、はばんでいる。個人が、そういったものからの離脱を宣言する勇気ある変革こそ、この文明氷河期から、蘇生を果たせるチャンスが残されている。――とぼくの手帳には感想が書いてあるが、先日の朗読の方は、これ等をもっとかみ砕いたものだった。
《人間は自己を再生させるために合理性を離れなければならない。合理性を離
れるということは自己に依って生きるということであって自分自身の声と言葉
を持つことである。自分自身の言葉を持つということは自己と真っ正面から対決
することを意味している。自己と真っ正面から対決する程の勇気ある人間は夢に
溺れない者は皆無だ。夢に溺れる人間は予言する力に溢れていて自分自身の神
話をつくる適格者でもある。自分自身の神話をつくる程の人間はそのことで既に
充分或る意味での神になりきっているのだ。自由な行動と恣意性が一つの論
理一つの権威一つのアカデミズムになる迄人間は人間を回復することはある
まい。人間が自分の住まいとしてあたたかい憩いの場としてせっせとつくり
上げる家屋は何と醜く悪臭に満ちていることか。醜いのは大都会ばかりではなく
農村も皆同じである。東京とは東洋のじめじめしたプライドという核にまつわ
りついた人間の悲しみと多忙故の苦しさと不能者のオナニーにも似た焦りで出
来上がったドルメンなのだ。今こそ土木技師や建築家や政治家や、評論家の口
や眼ではなしに素人の直感のみに由った感想としてこうした都市や村落の
汚れを防ぐ方法に耳を傾けるべきなのだ。素人は些細な点では、間違いだらけの
ことを主張するかもしれない。しかし専門家が本道を外れているようには決し
て大それた誤りは犯さないはずである。素人の斬新的な意見や今迄一度も取り
上げられなかったポイント可能性の方向に専門家は熱狂するはずである》
あ、ゴメンナサイ。立ち読み部分はここで終わりなんです。ここまで読んで下さって有りがとうございます。
 このあともっと面白くなりますから買っていただけるとすごく嬉しいです。




























著者プロフィール

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本の誕生秘話

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