縄文杉は厳かだ。縄文杉の生き方は。縄文杉を大切に。縄文杉が世界遺産に

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【世界の遺産登録】記念出版  エチオピア化という言葉があります。 周囲の森を伐採して薪として使い、 そして森が無くなると、 新たな場所へ移動して、 周囲の森を薪として使う。
実はこれが古代文明が滅びた原因だと されています。
日本ではショッピングセンターが進出するため、 新しい道路を作るため という理由で森、田畑がなくなり、 同様なことが世界中で行われています。
人間は森が無くなると 生きていけないという リアルなメッセージ! 屋久島の世界遺産である縄文杉を 象徴として書かれた現代人必読の書。
本当にはやく気づいて欲しい!
         06年2月7日  レビュー作者 宮島茂夫  

前書き 目次 あとがき

本文70% 感想BBS 本の誕生秘話 著者profile
Copyright (C) 2007 明窓出版, All rights reserved






























   推薦の言葉
●●●●●推薦の言葉の中身●●●●●

































  序 章

 森厳な太古の森を思わせる「縄文杉に捧ぐ」のメロディーが、舞台正面 に大写しされた「縄文杉」の映像を通して、聴衆の心を引き締めるように伝わ っていく――一九九三年九月二十日、危機に立つ「縄文杉」再生への私の願い をこめた「森からのメッセージ&コンサート」が、東京の国営昭和記念公園で 開催され、自然へ帰依する荘厳な調べが流れるなかで、私は六年前に「縄文杉 」と初めて対面したあの時の感動を思い起こしていた。
 
 南の黒潮にみそぎする屋久島の秘境に、神さびた巨樹「縄文杉」は屹立す る。推定樹齢七千二百年。人跡未踏の深山幽谷に、はるか悠久の時を刻み、粛 然とそびえていた「太古の杉」が、二十七年前(一九六六年)に発見されたば かりに、観光開発の脅威にさらされつづけ、「世界の遺産」として注目をあび るいま、一度ならず、「第三の危機」を迎えている。
か。
後 略
























       目 次


 縄文杉に捧ぐ
 序章 縄文杉の「啓示」を聴く
 
 第一章 傷だらけ緑の地球
 「樹恩」に新聞は報いよ
 「みどり元年」明ける
 ナイロビからの訴え
 ロンドンの地球審判
 「森林浴」の初登場
 「緑の覇権」で真の平和を
 野性の危機は人類の危機
 阿寒の自然に抱かれて
 二十一世紀へ地球憲章を
 
 第二章 母なる森を滅ぼすな
 子孫に美林を残そう
 ヨーロッパの森に浴す
 「緑の哲人」を訪ねて
 さらば厚化粧の文明
 並木をいたわる心
 霊峰の破壊を嘆く
 大仏殿と森林破壊
 「尾瀬の危機」を教訓に
 森の仙人どろ亀さん
 かえれ、緑の文明へ
 
 第三章 守ろう「縄文杉の世界」
 「緑維新」モニュメント建立
 「百選の美林」各地で発見
 文明への警鐘「水俣」
 「樹の告発」を受けて
 「二十一人委員会」が賛同
 維新の原点を残して
 歴史の潮流「緑維新」
 「滝百選」と維新の町
 富士山から「地球愛の歌」
 縄文杉への「冒_」阻止
 縄文杉の身になって!
 
 終章 地球再生へ自然賛歌を
 縄文杉の涙 おわりに
 自然賛歌組曲
 森林浴の森日本一〇〇選 日本の滝一〇〇選

























 縄文杉への「冒涜阻止」
 
 「縄文杉危うし!」の第一報は、一九八七年秋、岸根教授から電話で知らさ れた。「京都宣言」からまもない頃だった。かつて岸根教授が書いた縄文杉に 関する随筆を、屋久島で発行している季刊誌『生命の島』に再録したいという ので、岸根教授が掲載理由をたずねると「ロープウェーの建設計画で、尊厳が おかされようとしている縄文杉を、いま一度見直してもらいたくて……」との ことだった。岸根教授は驚き、嘆いた。
 「ハイヒールをはいて縄文杉見物とは、自然への冒_です。根元がいっそう 踏み荒らされ、枯れてしまいます。無謀な計画は直ちに阻止しなくてはなりま せん。そのためにも、あなたにぜひ縄文杉と対面して頂き、あなたのペンで縄 文杉の危機を救ってほしいのです」
  岸根教授は焦燥の思いもこめて、私の屋久島行きを促し、私はその場で 「縄文杉登拝」を決意した。
  当時、朝日新聞東京本社で環境担当の編集委員をしていた私は、半年後 に、三十五年間在職した朝日新聞社を《卒業》することになっていたので、そ れまで私が推進してきたグリーン・キャンペーンを総括し、《朝日卒論》とし て書きあげようと思い、その準備に追われていた矢先に、「縄文杉の危機」を 知らされたのである。「縄文杉救済」をなによりも最優先しなければ――との 思いに駆られ、屋久島へ飛んだのであった。
  さっそく私は、「縄文杉ロープウェー」に関する《部外秘》の分厚い資料 を入手した。川崎製鉄が地元の上屋久町と協力して、八七年三月に作成した 『高塚山ロープウェー建設計画現地調査報告書』であった。「縄文杉」が立つ 島中央部の高塚山と山麓の約二キロをロープウェーで結び、六十一人乗り二基 を三年計画で稼動させようというもので、建設費は約十五億円。利用客は初年 度十一万二千人、十年後には二十七万人を見込んでいた。報告書は「観光客誘 致に大変有望であり、本計画を早期に推進していく」よう、ソロバンづくの提 案をしていた。
  これを受けて、八九年九月の上屋久町議会で荒木健次郎町長は「島の活性 化はこれしかない」と観光開発優先の立場から建設促進を表明。町長の主導で 第三セクター方式により、同町をはじめ川崎製鉄、鹿児島県、東亜国内航空、 屋久島電工など十者の参加がすでに決定。鹿児島県選出の自民党の有力代議士 が推進役を果たしていた。ロープウェー路線にそって原生林の伐採を計画して いた林野庁も、協力態勢をとっていたのであった。
  開通すれば十倍以上の観光客が押し寄せて、聖地を踏み荒らし、「七千年 の生命」はまちがいなく未曾有の脅威にさらされる――。
  このようにさし迫った「縄文杉の危機」を、地元のマスコミはもちろん、 全国紙支局の記者たちも全く報道しておらず、むしろ逆に地元紙は開発サイド から町長側の言い分をそのまま伝えていた。
 「縄文杉」を観光の対象としてしか見ていなかったのである。
  神秘の原生林に入り、瞼に描きつづけた「太古の杉」を仰ぎ見た私は、圧 倒されるばかりの畏敬の念と共に、神なる巨樹への冒_を許してはならぬ、と の決意を抱いて帰京。同年十一月二十七日の朝日新聞夕刊に、「縄文杉と観光 開発」と題した署名記事を執筆、「縄文杉」へ至る峻厳な道は汗を流してこ そ、深い感動の対面がかなえられるのだ、と安易に「縄文杉」の威厳を損なわ ぬよう、ロープウェー見物阻止を訴えた。これが警鐘第一号であった。
 
 Caption 荘厳な霧の中に屹立する「縄文杉」(左側の枝はすべて枯 れ落ちた=次頁参照)
 
  その一方で私は、「縄文杉の危機」を著書でも訴えるために執筆を開始す ると共に、翌八八年五月七日の朝日新聞朝刊に再び「ロープウェー建設で消え る神秘の世界」と題し、私の朝日新聞最後の署名記事として報道した。さらに 同月、屋久島の季刊誌『生命の島』に、「縄文杉の啓示」を掲載、その翌月に は、私の《朝日卒論》とも言える『縄文杉は訴える』を新潮社から刊行したの であった。
 
 Caption 《片腕》を失ってもなお厳かに立つ「縄文杉」(樹勢は確 実に衰えつつある)
 
  こうした訴えが「縄文杉を守ろう」という世論を喚起、屋久島では『生命 の島』主催により、「縄文杉の世界に触れるシンポジウム」が島内外から三百 人が参加して開かれた。私はどろ亀さん、岸根教授と共に講演、「縄文杉をグ リーンルネサンスのシンボルとして推戴し、地球再生へ起ち上がろう」と訴 え、ロープウェー建設反対の「屋久島アピール」を採択した。
  さらに私は、国民森林会議の機関誌『国民と森林』26号にも「縄文杉の危 機を救う緊急提言」を掲載した。
  これらの願いを受け緑の文明学会、日本山岳会などが環境庁に対して「ロ ープウェー計画は世界の資産である縄文杉に致命的影響を与える」と建設中止 させるよう要望、ついに環境庁は無謀な計画阻止へ踏み切り、後神木の尊厳は 辛うじて守られたのであった。
  もしあのとき、ロープウェー着工を許していたなら、「縄文杉」を中心と した荘厳な聖域は確実に破壊され、その結果「世界の遺産」に登録されるよう な環境ではなくなったばかりか、「縄文杉」の死期を早めるのに役立っただけ であろう。ともかく一本ペンの訴えが、緑の世論に支えられ「第二の危機」を 回避することができて、私はひとまず安堵したのであった。
 
  ロープウェー阻止から五年後、九二年十月九日の朝日新聞は「屋久島保全 と観光の波」と題し、樹勢が衰える一方の「縄文杉」を守るため、鹿児島県が 登山者に一握りの「生命の砂」を運ばせ、根元にかけていることを報じると共 に、乱開発を抑える「環境保全条例」が地元の上屋久・屋久の二町で検討され ている、と伝えていた。
  この記事を見るまでもなく、私は五年前、危機に立つ「縄文杉」と初めて 対面し、警鐘を鳴らしたときから、台風や吹雪にいつまで耐えられるのか、と 憂いていた。「一握りの砂」などではもう手遅れの事態が迫っているのだ。
 
  《片腕》を失ってなお立ち尽くす悲壮な「縄文杉」の姿を偲ぶと、ある日 突然、巨樹倒壊《荘厳死》という最悪事態が襲わねばよいが……、との懸念と 祈りの交錯した思いが、「第三の危機」を迎えたいま、私の脳裏をよぎるので ある。
 「縄文杉」の第三の危機は、皮肉なことに「世界の遺産」としてクローズア ップされる、さらなる「観光汚染」と乱開発の脅威なのである。
  三年前に鹿児島を結ぶ高速船が就航、年間六万人だった屋久島への観光客 は十一万人に増えた。うち一万人が「縄文杉」を訪ねているが、「世界の遺 産」となればさらに増え、聖域はいっそう踏み荒らされることになりそうであ る。
  このことを象徴する一通の部厚い速達便が、九二年の秋も深まったある 日、屋久島から私のもとへ届いた。差出し人の本昭弘氏は「縄文杉」にひかれ て福岡県から移住し、心の乾いた子らを森のふところに抱き入れようと、私財 を投じて「屋久島自然児の森」を創設、自然への帰依を真の教育としている が、それを支えているのが「縄文杉崇拝」であった。本氏はかつて「屋久島シ ンポジウム」の参加者一行と「縄文杉登拝」をしたとき、夫人と共に白装束の 姿で聖なる巨樹の前に立ち、「縄文杉の啓示を聴く」のくだりを朗々と暗誦 し、登拝者の共感を深めたのだが、「縄文杉」への敬慕はそれほどまでに強か ったのである。
  その本氏から速達便が届いたのは、不思議なことに、私が自宅に念願の 「縄文杉」の写真を50号大に引き伸ばして掲げた直後のことであった。「太古 の杉」の長寿祈願を通して、「地球のみどり維新」を構想していただけに、 「世界の遺産を守るために起ち上がれ」と訴えるこの手紙は、私には「縄文杉 の叱咤」に思われた。
 「私はいま眼の前に池・森・海そして青空をも望める天恵の椅子に座ってい ます。ですから、これ以上のものを求める必要も欲望も、個人的には全くあり ません。この楽園で、のどかに自然の仲間たちと楽しく過ごさせて頂くこと が、最良の余生だと考えていました。
  ところが、ところが、屋久島の現状は、私の自己安息を許してはくれない 限界に至っているのです――」
  このような書き出しで始まる手紙は、屋久島の名が世に高まり、観光客が 増大の一途をたどるにつれ、縄文杉や花之江河など“観光名所”の周辺一キロ 圏内は、空き缶やティッシュペーパーが散乱していると指摘。島内は観光客誘 致に余念のない宿泊業者と、不要な土木工事受注に狂奔する土建業者に牛耳ら れ、土建業支配下の現状は川や海底を泥土で汚し、魚も住めない海岸にして漁 民を泣かせており、このうえ「世界の遺産」に登録となれば、その後に起こる 「人的洪水汚染」は深刻になるだろう、と慨嘆。そして、「縄文杉」は数年前 に比べても、樹勢の衰えが目に見えており、この有様では、地球上最年長の 「縄文杉」も、あと何十年ではなく、何年かのうちに枯れてしまうのでは…… と憂え、「縄文杉」が七千有余年の寿命を断ったその瞬間から、彼らの滅びが 始まることは確実である、と述べている。
  そこで本氏は一つの試みとして、「自然保護」にアレルギー体質の先住島 民を公務員として採用し、「自然保護監視員」をその職務にしてはどうか、と 提案している。
  そして最後に「屋久島の、否、世界の遺産を守るために起ち上がって下さ い。内外に呼びかけて熱い共感と支援を集めて下さい。数万の会員の声をバッ クに、行政の歪みを正し、国や県にも働きかけ、よりよい自然保護・環境保全 の道を切り拓いて下さい」と訴え、結びに、
 「縄文杉は訴える」の著者が、誰よりも最適の「縄文杉の死者」として、そ の使命を全うして下さることを信じています――としたためてあった。
 
 縄文杉の身になって!
 
  私は屋久島へ飛んだ。
 《土建業支配》といわれる屋久島の現状に、私は、土建大国日本の縮図を見 た。「公共事業」(土木工事)という名の自然破壊は、これまで「列島改造」 から「内需拡大」を経て「リゾート開発」に代表され、公共投資に群がる土建 屋によって、緑の日本列島は傷だらけにされたうえ、地価狂乱をも招き、結局 は《徒花》のバブル経済を狂い咲かせてしまった。
  そして、その「政・官・業癒着」のバブル経済が崩壊したいま、性懲りも なくまたも《徒花の悪夢》にとりつかれ、こんどは史上最大規模の総合経済対 策費十兆七千億円をばらまいて景気浮揚を図り、列島全土に再び公共資金の暴 力ともいえる土建政治が横行しようとしている。この景気浮揚策は国内だけで なく、先進主要国からも「世界の経済成長を強化する」と歓迎され、経済大国 の土木事業に海外資本も参入を図り、列島破壊への圧力は地球規模で強まりそ うである。
  南海の秘境・屋久島はこれまで「列島改造」からは取り残され、そのおか げで手つかずの貴重な自然に恵まれていた。その残された「縄文杉の聖域」が 内需拡大を図る鉄鋼メーカーと観光資本に狙われ、ロープウェーによる大量見 物が画策されたのだったが、危ういところで辛くも阻止することができた。だ が、こんどは第三の危機と相俟って大型の「土建津波」が小さな島にも押し寄 せようとしており、脅威を募らせているのである。
  その兆候はすでに現れていた。大型の観光バスも通す「西部林道」の拡幅 工事や、白谷雲水峡の林道建設で、屋久島固有の原生林や貴重な植物の垂直分 布の分断が心配されるなど、ブルドーザーやパワーシャベルが島のあちこちで うなりをあげていた。このため汚泥流出がひどく、飛び魚などの産卵場だった 豊かな海辺は失われてしまった。
 
 Caption 大型観光バスも通れる屋久島の「西部林道」。拡幅延長の 着工で、自然破壊が心配されている。
 
  さらに、「縄文杉の世界」破壊の一つに原生林伐採がある。環境庁は「縄 文杉」を中心とした高塚山の周辺約一万ヘクタールの国有林を国立公園の特別 保護地区として伐採を禁じているが、屋久島の国有林は約三万ヘクタールある ので、営林署は特別保護地区外での原生林を伐採、直径一メートルもある巨木 が次々と伐採され、トラックに満載して運び出されている。屋久島のような小 さな島に営林署が二つ(上屋久・下屋久の両署)も存在し、独立採算で競合し ているのである。現在でも屋久島での年間伐採量は土埋木も含め二万立方メー トルに達し、このままではいずれ「縄文杉」周辺の特別保護地区だけを残して 屋久島は裸同然になる、と心配する声が強い。
  かつて屋久杉の巨樹が繁っていた小杉谷が皆伐されたように、原生林の山 肌が丸裸にされたため、度重なる山崩れや洪水をひき起こし、沿岸漁業にも打 撃を与えたが、その苦い教訓は生かされていない。
  原生林の伐採により、島の気象が変わるだけではなく、「縄文水」と名づ けられた清く豊かな渓流の水も減っていくに違いない。
  小杉谷の悲劇をみてもわかるように、屋久島の原生林は七十パーセントま でが乱伐されたという歴史がある。国立公園・屋久島の自然を守る環境庁のレ ンジャーがわずか二人なのに対し、伐採に関わる営林署員は両署合わせて約百 人もおり、この偏った数字からも、「世界の遺産」屋久島がどのような状況に 置かれているか分かるのである。
  一日も早く屋久島の原生林を禁伐にして、島全体の自然を守る《保全の 網》をかぶせなければ、遠からず植生豊かな「縄文杉の世界」は消滅するであ ろう。
  屋久島の原生林は国民共有の財産であり、地球の宝でもある。「縄文杉」 の危機が、発見時の乱伐から始まったことを思えば、勝手にチェンソーの餌食 にさせてはならない。日本の森林行政は屋久島から再生すべきであろう。
  林野庁の《国有林経営》という特別会計方式にみられるように、測り知れ ない恩恵を与え、万類共存を支える森林を、企業並みの経営感覚で収益を上げ ようとすること自体、大きな間違いであり、そのような「森林経営」の時代は 終わったのである。
  かつて「鉄は国家なり」であったが、二十一世紀へ向け、「樹は国土な り」の大局から、林野庁を発展的に解体して、「森林省」を創設すべきであろ う。
  もうこれ以上、屋久島の原生林を侵してはならいないが、伐採規制によっ て生計を立てられない島民には、国が「世界の遺産保全費」を計上して補償す るぐらいの保護政策が必要であろう。
  島の生態系や景観を破壊する土木工事などにも細心の注意を払うと同時 に、そのために島民の生活が犠牲とならぬよう、補償策を立てるべきであり、 それが子孫のために「世界の遺産」を保全せねばならぬ必要経費であろう。観 光客の入島・入山料による補償策や、「環境ビザ」発行などによる入島規制策 も一考すべきである。
  そして、何よりも今ただちに着手せねばならぬことは、倒壊枯死の恐れが ある「縄文杉」を守るため、・「縄文杉」を中心に半径五十メートル以内へは 立ち入り禁止の注連縄を張った柵を設ける・破壊された根元の生態系を回復す るため一刻も早く植栽をする・「樹木医」による「縄文杉診断」を実施し、再 生策を講じる――ことである。要は、勝手な人間の側からではなく、「縄文 杉」の身になって、いま一度考え直してみることである。発見されてから、災 難つづきの「縄文杉」からすれば、人間など寄りつかない方がよく、いっその こと「入山禁止」にして、清浄な太古の森にかえしてほしい、というのが悲願 であろう。
  一方で、「世界の遺産」に列せられたのを機に、島民の意識改革も必要と なろう。
  真の豊かさとは何なのか、をいま一度じっくり考えてみてはどうか。かつ て私が「縄文杉の啓示」に触れて、深く心に刻んだことは、「人は経済のみに と豊かさを得るにあらず。限りなく深い自然のふところにかえってこそ、人は 心の豊かさを知り、優しさを取り戻すことができるのだ」という人間再生への 道であった。自然の営みに仕える謙虚な人間の道を踏みはずし、うたかたの繁 栄を追い求めたばかりに、政治も教育も荒廃させ、「政・官・業癒着」の構造 的汚染をもたらし、祖国のみか地球をも救いがたい《重度汚染》に陥れてしま ったのである。
  もともと自然の一員としての人間に、母なる自然を破壊する権利など何一 つない。「ロープウェー」に象徴されるように、「便利だから、楽をしたいか ら」と安逸をむさぼることが、結局、破壊者・汚染者の道につながるのだとい うことを銘記すべきであろう。《地球重症》はその延長線上にあるのだ、とい うことも「縄文杉の啓示」から学ぶべきである。
  小さな「生命の星」が未曾有の危機に陥っているとき、小さな「生命の 島」もかつてない危機を迎えようとしている。屋久島の豊かな自然が失われれ ば、屋久島の価値も失われ、島に未来はない。そして「縄文杉の世界」が失わ れたとき、祖国も地球も終焉を迎えるであろう。
 「縄文杉の叱咤」に応えて屋久島を再訪し、そのような思いを深めた私は、 屋久島の自然が「世界の遺産」に登録されるのを機に、「縄文杉」を崇める国 民の良心を結集し、地球を守る最後の砦「縄文杉世界」を守りぬく運動を国民 的課題として関係者らに広く支援を求めていくことにした。
  その手始めとして、環境庁、林野庁、鹿児島県、地元の両町に対して「縄 文杉保全のための緊急措置」を、緑の文明学会から提出したのである。
  そして、運動推進のキャンペーン・ソングとして、「縄文杉に捧ぐ」歌を 作詞、作曲を土田啓四郎氏に依頼した。土田氏はかつて第六回レコード大賞受 賞曲「愛と死をみつめて」を世に出したが、こんどは「縄文杉の世界」をみつ めて、おごそかな曲に仕上げてもらった。
  作曲を依頼するにあたり、私は、霧の中に立つ荘厳な「縄文杉」の写真を 土田氏に届けて、ピアノの前に掲げてもらい、その霊気ただようなかで、「太 古の曲」は誕生したのであった。   後 略



 あ、ゴメンナサイ。立ち読み部分はここで終わりなんです。ここまで読んで下さって有りがとうございます。
 このあともっと面白くなりますから買っていただけるとすごく嬉しいです。  


















 おわりに

  「縄文杉」に象徴される屋久島の自然が「世界の遺産」に登録されたの は、昨一九九三年十二月であった。これを記念して年が明けた一月十七日、東 京新宿の京王プラザホテルで、鹿児島・屋久島環境文化財団など主催の 「‘94屋久島フォーラム」と祝賀パーティーが開催された。
  フォーラムのパネリストとして、ノーベル賞の福井謙一氏をはじめ、文化 功労者の梅原猛氏、作家のC・W・ニコル氏ら錚々たるメンバー七人が名を連ね ており、危機に立つ「縄文杉」を守るために、どのような保全策が打ち出され るのか。先に緑の文明学会より「縄文杉緊急対策」が出されているだけに、私 は期待と祈りをこめて、傍聴に出かけた。
   後略























 著者プロフィール

 (環境ジャーナリスト)
 元朝日新聞編集委員(同志社大学法学部卒)
 “ミスターグリーン”の異名をもつ環境ジャーナリストの第一人者で“森林 浴”の創始者。
  朝日新聞当帰京本社編集委員として環境問題を担当し、1982年元旦から全 国的なグリーン・キャンペーンを展開すると共に、「国連環境特別委員会」 「緑の地球防衛基金」「朝日森林文化賞」「日本の自然百選」「森林浴の森日 本100選」などを提唱。著書の水俣病闘争史、『哭け、不知火の海』は、地球 サミットに向け英訳出版されると共に、『縄文杉は訴える』が静岡県公立中学 校の道徳副読本に採用されるなど話題の著多数。現在、緑の文明学会副会長、 日本と地球再生のグリーンルネサンスを推進し、執筆・講演活動の他、TBS テレビ系全国ネット「ビッグモーニング」にニュース編集長として出演。また 「森からのメッセージ&コンサート」を展開するなど幅広く活躍中。
  主な著書『危うい緑の地球』『森からのメッセージ』(いずれも新潮社) 『起て、不屈のペン』(情報センター出版局)他。






















本の誕生秘話

 「『養殖新聞記者の実態』という原稿を書きたいという人がいるけど興味な い?」T氏からお声がかかった。そのての本だいすき人間の私として、見逃し ては罰が当たるってものだ。彼の後について光が丘に住んでいる著者を訪ね た。 私らの顔を見るなり、「まずこれを聴いてみてほしいんだ」と言いながらやお らコンポのスイッチを入れた。流れてくる「縄文杉」の歌声に聴き入るうち、 溢れてくる涙がどうにも止まらなくなった。「こりゃなんだ!」と思いながら わずかに残った理性でもって、T氏を横目で見た。彼も滂沱たる涙目を隠しも やらず無我の境地そのまま。 曲が終わって、恥ずかしげに目をしばたたいている私に「これから書く本よ り、もう8割がた上がっているこれを本にしてほしいんだよね」と原稿を渡さ れた。タイトルが「縄文杉の警鐘」とある。「うーん」思わず唸った。世界遺 産に登録されたばかりの縄文杉……。今回も「これぞ樹霊の導きか──」との 思いが脳裏をよぎった。 NHKの専属カメラマンだった人が、縄文杉・屋久島にはまってしまい、そこに 移住してしまったという日下田さんが撮った縄文杉の会心作を著者の口利きで カバー写真に提供して下さった。ちょっとくらいが、その分、荘厳な感じがよ く出ていると思う。























関連書籍の紹介

 ●●●●●関連書籍の紹介の中身●●●●●























読者感想文
みなさんからの素敵な感想文をお待ちしております。  編集部  
書き込みは
こちらからお願いします。
『縄文杉の警鐘』読みました。94年の出版ですが、10年以上過ぎて、著者の環 境問題への取り組みの素晴らしさと、今日の温暖化によるところの気象異変の 予知と、それに対する人間の生き方の転換を求める緑維新の願いは、今もます ます通用するのではないでしょうか。時代には表面と本質の差があり、その本 質を追求しようと大車輪のご活躍が伝わってきました。
とても素晴らしい本をありがとうございました。また良い本をご出版下さい。 Y K