GLAを語るGLAの真実に迫るGLA創設者を知ることの重要さ

ホームへ
新刊コーナー
話題の本たち
本のソムリエ
発刊予告
世界一の本
お客様の声
原稿募集
レビュー募集
サイトマップ

【本の検索は】
ジャンルで探す
タイトルで探す
著者名で探す
電子本リスト


海外でのご注文
電子本
お問合わせは

【明窓ブログ】
社長の雑記帳
賢人の庵
日々の心の模索

 

 



 


立ち読みなどは下のボタンをクリックして下さい。
この本は電子本のみの販売です。これにつきましては最初に代金のお振り込みをお願いします。
電子本をお読みになるには 電子本コーナーにてアプリケーション=T-Timeと QuickTimeをダウンロード(無料かつ簡単)した上でご注文ください。ご入金を確認したところで電子本データを添付送信いたします。


昭和五十一年六月、ひとりの超人が死んだ。
戦後最大の霊能力者、あるいは釈迦の生まれ変わりなどと呼ばれた高橋信次という男である。
新新興宗教と呼ばれる現在進行中のムーブメントに大きな影響を与えた人物でもある。
つまり、高橋信次を知らずして、最近二十年間に発生した新しい宗教団体については語れないほどの影響力をもった人物である。
目次 本文70% あとがき 感想BBS

前書き 著者profile 推薦


Copyright (C) 2006 明窓出版, All rights reserved



明窓出版



















推薦の言葉
●●●●●推薦の言葉の中身●●●●●

































はじめに

昭和五十一年六月、ひとりの超人が死んだ。
戦後最大の霊能力者、あるいは釈迦の生まれ変わりなどと呼ばれた高橋信次という男である。
新新興宗教と呼ばれる現在進行中のムーブメントに大きな影響を与えた人物でもある。
つまり、高橋信次を知らずして、最近二十年間に発生した新しい宗教団体については語れないほどの影響力をもった人物である。
高橋信次の名前を一気に有名にしたのは、『幸福の科学』という新興宗教である。
しかし、『幸福の科学』が信奉する高橋信次という人物の人となりが書かれた書物は、不思議なことに書店に見当たらない。
高橋信次先生の影響を受けました」とはっきり言う人がたくさんいる。
そして、本人が書いた著書を手にすることもできる。ところが、それらの著者は高橋信次本人の考えや教えを知らしめるためのものなので、その実像までをつかむことは難しい。
また、あまりにも特異な人だったので、当時の彼を知っている人に説明を求めても、なかなか要領を得ない。
私自身「高橋信次ってどんな人だったの?」という質問を、今まで何度受けたことか。
























☆\\目次\\


はじめに…………

第一章驚くべき奇跡の数々を見せた現代の霊人…………5

他人の人生を読み取れる男
キリストの癒しの実演と引導わたし
過去生の言葉を使って生まれ変わりを実証する高橋信次
他人の夢をコントロールする高橋信次
金粉事件と自分の死の予言


第二章私と高橋信次との出会い…………28

高橋信次を訪ねた日
超能力ブームから高橋信次に出会うまで
宇宙体操との出会い
宇宙体操で発生した問題を高橋信次のもとに持ち込む
高橋信次に帰依した友人たち


第三章高橋信次はどういう人だったのか…………42

恐ろしく影響力の強かったこの人物の現代的意味
霊能力の強かった若き高橋信次
物理の知識を生かし会社を作る
守護霊の出現と悟り
GLAの成立と高橋信次の死


第四章高橋信次は何をしたかったのか…………54

高橋信次の悟りとは
「人生をどう生きたらいいか」への解答
守護霊とは、憑依霊とは?
霊現象にどうやって対処するか
検証・高橋信次の超能力と信念
検証・高橋信次の超能力『過去生』
四十八歳の死亡を予言した高橋信次
第五章高橋信次はなぜ教団を形成したか\\その死までの歩み…………72

教団ができたいきさつ
蔓延する『ありがたやぶし』
大量帰依によるGLAの肥大化


第六章高橋信次死後のGLA…………80

高橋信次の死と後継者の決定
狂気のGLA
狂気を脱出して『基盤』ヘ
神のプレゼント


第七章私にとって高橋信次とは…………91

私は加害者である
ゼロ地点の宗教
佐久平を訪ねて
「オウム真理教のあぶないメカニズム」

高橋信次を知るための用語事典…………103

おわりに…………105


























第一章驚くべき奇跡の数々を見せた現代の霊人






他人の人生を読み取れる男


他人の考えが分かったら面白いだろうな、という夢は誰しも持っているものである。そして、他人の心を読める人は、きっとキリストのような超人的な人だろうな、という気持ちも誰しも持っていると思う。
高橋信次は、人の心を読むことができた。
彼が亡くなってからもう十九年も経った。それにもかかわらず多くの人が高橋信次に心酔している。その理由の第一に、この人が他人の心を読み取ることができたという信じがたい、強烈な印象があるからではないだろうか。
上野から地下鉄の銀座線に乗りついで浅草駅で降りると、駅の真上に八起ビルという七階建ての建物がある。そこが高橋信次の所有するビルであり、これから活動をしようとする拠点でもあった。
昭和四十五年の五月。地下鉄の駅から地上に出ると青空がきれいだった。急ぎ足で歩くと軽く汗をかく程度の、いい季節だった。私は初めて八起ビルに高橋信次を訪ねた。当時の私は二十二歳。自分が抱えこんでいた問題を解決できずに、超能力のうわさの高い高橋信次に相談をするためである。彼は当時四十三歳だった。高橋信次は私の訪問を歓迎してくれ、その後五年間にわたって相談にのってくれた。
話を聞きに来る人は年齢も二十代から六十代とさまざまだった。そして、私が初訪問したころをきっかけに、すごい勢いでその数が増え続けていったのだが、高橋信次は迷惑そうな顔は一切せずに、人々の相談にのっていた。
相談に来る人々は、さまざまな悩みを持っていた。しゅうとめとの軋轢による心の悩み、商売の上での悩み。人間関係の悩み、宗教上の悩み、身体の不調等々……。つまりそれらの悩みを自分で解決できずに、高橋信次のうわさを聞きつけて全国からやって来るのであった。
彼は、相談に来る人々の名前をほとんど覚えていなかった。いや、覚えるのは無理なほどの人数であったのもひとつの理由ではある。しかし相手の名前を覚えなくても、その人固有の意識を読んでいたようだ。一人ひとりが持っている複雑な意識をよく記憶していた。
私たちは、相手の名前を忘れてしまうと、その人の顔やしぐさや職業上のくせを観察しながら、いつどこで会ったか思い出そうとする。高橋信次はそういったふつうの方法ではなく、相手の心を読んで、いつどこで会った人かを思い出していたようだ。
身内の人以外には相手の名前を呼ぶことはなく、必ず「あなた」というふうに呼びかけていた。だから、名前を覚える必要もなかったのではないかと思う。
二、三回目の訪問をしたある日の午後、やはり天気のいい日だった。八起ビルの、三階の窓から入り込む気持ちのいいそよ風がほほをなでていた。高橋信次を囲んだ私たち若者が車座で彼の話を聞いていた。その日は心をコントロールするための方法が話されていたように思う。話が一段落して雑談にはいると、六十歳ぐらいの婦人が、
「高橋先生ですか?お初にお目にかかります」
と言いながら、部屋に入ってきて、私たちからちょっと離れた位置に正座し、深々とおじぎをした。
「今、電話をくださったかたですね。高橋です」と言って、その婦人にあいさつを返したのには驚いてしまった。つまり高橋信次は一時間以上も、私たちと一緒に座っており、その間、まったく電話には出なかったからだ。
絨毯の敷いてある五十畳ほどの広さのその部屋は、一部が仕切られていた。机がいくつか置いてあり、事務局員ふたりが事務をとっていた。GLAという名前での会員制組織ができる前の話であるが、この頃には高橋信次を訪ねる人が増えはじめていたので、そのための事務機能をととのえはじめていたのである。
もちろん、その婦人は事務局に電話をして、ここを訪ねて来たのだろうが、高橋信次は、電話から十メートルほど離れたところで、私たちとずっと話していたのだ。
婦人は、
「熊谷から出るときにこちらの場所を書いた紙を忘れてしまったのです。高橋先生がお教えくださらなかったら私は訪ねて来れませんでした」
埼王県の熊谷から出て来たというインテリ風のこの婦人に、向こうで作業をしていた萩原さんという事務局員が声をかけた。
「あ、今電話をくださった○○さんですね。高橋先生。このかたは、ここの電話番号が金色に輝いて目の前に見えたとおっしゃっているのです」
「さきほどの萩原さんですか?ありがとうございます。やっと先生にお目にかかることができました」
彼女はしきりに事務局員にお礼を言っている。
その婦人の話によると、浅草で地下鉄を降りて、ここの場所を書いてある地図を出そうと思ったらハンドバッグの中に見当たらず、道路を往ったり来たりしながら、一生懸命に祈ったそうである。
「どうか高橋先生、場所をお知らせくださいまし」
そうして公衆電話の前にさしかかると、急に目の前に金色の数字の列が現れて来たと言う。つまりここの電話番号がくっきりと目の前に知覚できたのだと言う。そして、急いで電話ボックスに飛び込んで電話したら、ちゃんと通じて、ここを訪ねることができたと言う。
高橋信次はニコニコしながら、
「よかった、よかった」
と言い、その婦人に向かって、
「私が教えたのではなく、あなたの祈りを神が聞いてくれたのですよ」
と言った。それにしても、
「今、電話をくださったかたですね」
と、あいさつを返したということは、彼は、電話のやりとりを知っていたということになる。私たちと話しながら事務局員と婦人とのやりとりを聞いていたのだろうか?いや、それは不可能な距離だったし、熱心に話し込んでいたはずである。
高橋信次は、その婦人に、私たちの輪の中に入って来るように言い、自分の手前一メートルほどの場所に座らせた。そして手のひらを彼女に向け、軽く下を向きながら目をつぶり、なにごとかぶつぶつつぶやいた。やがて目を開いた。 の後、私に貸すと言っていたお金のことでは何もいわなかった。がんこな若者だとあきらめてしまったのだろう。


あ、ゴメンナサイ。立ち読み部分はここで終わりなんです。ここまで読んで下さって有りがとうございます。
このあともっと面白くなりますから買っていただけるとすごく嬉しいです。

















おわりに


心というものは、とても扱いにくいテーマである。
この本に書かれている内容に関係している人の大部分が存命している。したがってブライバシーに触れる面もあるので、ぼやけた表現になってしまうことも多く、編集者の山本勝信さんから何度もお叱りを受けた。
関係者の中には、『どうして私のことを書かなかったのだ』と思われる人もいるかもしれないが、限られたスペースの中で叙述せざるをえなかったので、本書に登場する人はごく一部の関係者でしかない。
またGLAの会員には、有名な文化人、俳優、音楽家、マスコミ人なども多数いるが、本書の趣旨ではないので、ミカエル事件の時期の関係者を除いては、あえてそれらの人々を登場させないように工夫した。 後略
























著者プロフィール

菅原 秀
1948年(昭和23年)生まれ。東北学院高校卒。独学で作曲を学び、NHK、TBSなどのテレビ、ラジオのバックグラウンド・ミュージックを制作する。
同時に執筆活動も行う。最近は人権問題の取材での評価が高い。また、普通の日本を英文で海外に紹介する記事も積極的に書いている。






















本の誕生秘話

●●●●●本の誕生秘話の中身●●●●●























関連書籍の紹介

●●●●●関連書籍の紹介の中身●●●●●























読者感想文
みなさんからの素敵な感想文をお待ちしております。編集部

書き込みは
こちらからお願いします

【前略】
今、読み終わりました。25ページの意味するものと、55ページの「中道」の定義には驚きました。自らの血肉とすべきことでした。こんなに易く気付かせてもらえるとはなんと有り難いことか。ここ数年の難問がなんと簡単に……。本当にありがとうございます。(鹿児島市Y 男性)