ゾマホンを知り、ゾマホンと出会い、ゾマホンの世界に引き込まれる。日本人にとってのゾマホンとは

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最近の新聞には、毎日拡大していく一方のフランスの暴動が報道されている。フランスでは北アフリカからの人々を中心に、移民が500万人を超え、人口の8%を占めるという。なぜ、今フランスで暴動なのか? 『ゾマホンも知らないゾマホンの国』では、北アフリカのベナンという国で1年間日本語を教えた先生の目から見た日常描写と、ベナン出身のゾマホン氏の本音の言葉が、はからずも今注目を集めているフランスの暴動問題を解きあかしている。 奴隷海岸からヨーロッパの奴隷商人に売り飛ばされた黒人たち、そしてフランスの植民地であった圧迫の歴史は、現在も終わっていない。現在ベナンで使われている公用語はフランス語で、教科書もフランス製。自国の歴史はまったく無視され、大学教育を受けたベナン人は「フランス人より立派なフランス人になるですよ」。しかし、憧れのフランスの地に渡った移民には仕事もなく、貧民街に暮らすしかない。 納豆と刺身とドンブリ飯が大好きなゾマホン氏の独特な日本語から、アフリカの悲痛な思いが伝わってくる。人類が初めて生まれたアフリカの文化を、欧米の偏見を削ぎ取った素直な目で、見てみたい。

前書き 目次

本文70% あとがき 著者profile 感想BBS


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まえがき



お陰さまで、日本の皆様がゾマホンの本を買ってくださったお金で、三つの小学校を設立することができました。
2000年4月……たけし小学校(ボルグ県コロボロル)
2001年4月……江戸小学校(アタコラ県チチャク)
2001年4月……明治小学校(ボルグ県キカ)
そして、これらの小学校で、2004年9月現在、合計1、021人(6歳〜15歳)の子供達が元気に勉強をしています。

四番目は、2003年9月、日本との文化交流のために、学費無料という日本語学校を設立しました。この学校の名前は「たけし日本語学校」と言います。
日本語を習うということは、文化交流、相互理解、技術移転に役立つからです。アフリカ人が日本まで行って勉強することは、旅費、ビザの取得などでとても大変なことです。ですから、この学校を拠点として、日本から技術なども教えてくださるような方々が来てくださることを希望しています。
そして、学費が無料というのは、ゾマホン自身が働いた収入で負担しているからです。なぜならゾマホンは苦学の経験と母国を愛する先輩として、学費に悩むアフリカの学生が無料で勉強できるようにするという夢があったからです。学費が無料ということで、千人以上もの希望者が殺到しました。2004年12月現在、約百人のベナンの若者達が、たけし日本語学校で勉強しています。 共著者小国秀宣

この本は、ベナンの「たけし日本語学校」で、1年間日本語を教えて下さった小国先生が、一所懸命、ベナンのことを日本人の目で見たり聞いたりして紀行文にしました。
そして、ゾマホンゾマホンの意見を載せています。

この本の印税も、日本にできたNPO法人IFE(イフェ)を通じて、ゾマホンのプロジェクト、「大和プロジェクト」を推進するために使われます。皆様に心から感謝を申し上げます。

2004年12月ゾマホン

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ゾマホンも知らないゾマホンの国・目次☆


まえがき3

第一章アフリカの闇鍋?8
「大事な人、立派な人がやってきた、ですよ」
第二章飯屋で死んで、フォンフォロロン16
「食べ物というのはね、習慣の問題です」
第三章民謡とラップのあいだ26
「どうすればベネン国民に役立てるかなと思うですよ」
第四章東洋からの白人38
「日本は外交的に中国より遅れているですね」
第五章 「椰子の木クリニックでリゾート?」 48
「日本人は偉い。日本人は人間としてやっているですよ」
第六章路上で寝るのが一番?60
「ベナンはね、東京ほど蒸し暑いわけではない」
第七章ブードゥーが部屋にいる72
「欧米の目ではなく、自分の目でアフリカを見る。必要ですね」
第八章商売には頭を使え88
「どうすれば経済大国日本の投資が役立てるか」
第九章となりの長屋の子供達106
「ベナンではね、ちゃんと叱るですよ」
第十章涙の床屋、ところ変われば……124
「子供達、家の手伝いしなければならないですね」
第十一章ゾマホンの故郷に王国があった140
「ベナンの歴史は山、聖なるところにあるですよ」
第十二章ブラック・アメリカンのふるさと156
「問題は、だれが歴史を変えたか」
第十三章ある日の「たけし日本語学校」 168
「日本の外交官はいつか気がつくですよ」
第十四章ベーゴマとケンパタは生きている180
「日本のODAは人的教育与えたらもっと立派になる」
第十五章留年も当たりまえ、小学生はつらいよ194
「フランス人より立派なフランス人になるですよ」
第十六章星に願いを、ベナンの七夕212
「やっと、ベナンに興味を持たせるようになった」
第十七章よけいなお世話がベナンを創る?226
「みんな一生懸命ですよ」
第十八章国語ってなんだ?240
「21世紀の闘いはアイデンティティーを守る、必要」
第十九章ニッポンに学べ?ベナンの歴史教科書254
「日本人は欧米人と同じ間違いをしてはいけません」
第二十章103歳、長老との対話272
「どうすればベナンと日本のいい文化交流できるか」

あとがき281


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第七章ブードゥーが部屋にいる


「ブードゥーです」財団秘書のタマちゃんが、聞きかじりの日本語で、ニヤッとしながらそう言った。誰もいないはずの、鍵をかけた覚えもない自分の部屋の扉が閉まって開かないのだ。誰か中にいなければ勝手に閉まるはずもない……。呪いをかけられるような心当たりはなかった。

ブードゥー教はハイチやブラジルで有名であるが、元々はここベナン共和国のウイダ(Quidah)という海辺の町がその発祥の地、中心地だということはガイドブックに書いてある。
私もそのブードゥーという響きに好奇心を駆り立てられ、短い小説を買ってハイチのブードゥーがどのように物語られているのか、ベナンに来る前に読んでいた。

コトヌーの西、ウイダへ出かける。約1時間の道のりである。この町は、ブードゥー教の中心地という町であり、同時に、この町から周辺地域の人々が奴隷として送り出された歴史もある。奴隷海岸である。奴隷として連れ去られた黒人達とともに、ブードゥーは世界へ広がった。

ブードゥー教のへび寺(テンプル)を訪れた、1、000CFA(200円)の拝観料である。祈祷所、御神木、数十匹のへびの館があるだけの狭い敷地である。御神木の根元では、羊などの生贄が供されることがあるという。祈祷所の入り口には白い布がかかっており、その右側の窓辺には牛の頭の骨が置いてあった。へび寺の木の上にはなぜかコウモリがたくさん飛び回っている。

ブードゥーの森と呼ばれる公園では、ブードゥー教の神々の概略を知ることができる。以前は王族の土地だったが、今は公共施設としての公園だというその森では、町の職員だろうか、年配の男性が森の案内をやっていた。

この森に関わっている王族には17人の王がいるらしい。1661年頃、王族の1人の王が、ブードゥーを信じていなかったが為に、この森にある友人の家を訪問中に、その場でその姿を人間から木に変えられてしまったという。家の中の一室から大木がはえている。また、1985年に、蛇の神様が祭られている大木が嵐の中で倒れてしまった。森の管理人がこの倒木を片付けようと、のこぎりで切ろうとしていたところ、いつの間にか、倒れていたその大木が元のところに戻って立ち上がったという。ちなみに、ここでも、蛇の神様の木の上空には、コウモリが飛び回っていた。
公園自体は、特に掃除をまめにやっている様子もなく、枯れ葉などがつもり放題であった。公園左手の奥には、王様達の入り口というのがあって、王族にだけ立ち入りが許される区域というのが定めてあった。そこではブードゥーの秘儀が行われるのであろう。

アボメーはコトヌーから北へ、車で3時間ばかりのところにある。ダホメー王国の王宮はユネスコの世界文化遺産であり、王宮は博物館となっている。12月に行われるその祭りでは、王宮の中庭が開放され、ブードゥーの信者が伝統的衣装に身を包み、太鼓や鐘、ひょうたんで作ったマラカスのようなもので曲を奏で、そして踊っている。

ベナンでは、広くお祭りなどでの写真撮影は禁止されている。これは、祭りの元締めが禁止しているそうで、それなりの人に断ってお金を払えば撮影を許されるらしい。元々日常的にも、街中で外国人などが写真撮影をすると、周りにいる人々が騒ぎだすお国柄である。その理由は、複数の話をまとめてみると、植民地時代からアフリカ人はヨーロッパ人の好奇の目でみられ、そして撮影され、その写真が金のために使われた。あるいは、アフリカ人は非人間であるという偏見の目で見られた過去があるからだという。

日本語アシスタントのローソンは、「外国人が写真を撮っていると危ないから」と私のカメラを持って、ブードゥーの踊りの輪の中へ入っていった。彼にしたところで、ブードゥーの踊りを撮影したときは500フラン(100円)をその場の責任者らしき男に払っている。

「ブードゥーの精霊」とでも呼ばれているものを撮影するときは、さすがのローソンも、そして秘書のタマちゃんも、ためらいを隠さなかった。「撮影はやめたほうがいいよ……」「危ないよ」などと議論をしている。そのうち、いっしょに来ていた1人が、ブードゥーの信者だということで、「精霊」と談判におよんだところ、2、000フラン(400円)で手を打ってくれた。この「精霊」は地元の人達でもなかなか撮影できるものではないらしく、これを焼き増ししたら高く売れるよなどと、キリスト教徒の連中ですら、有難がったりびっくりしたりしている。日本人の場合でいえば、1年に1回しか御開帳にならない秘仏の仏像を高名なお寺さんで撮影したような感覚でもあろう。この「精霊」は人が中に入っている着ぐるみであるが、日本で言えば「お御輿」のようなものであろう。そこに神様が宿っていらっしゃるのである。ヨーロッパ人が、あの中には人が入っているんでしょ、と馬鹿にしてその着ぐるみを剥いだら、中からは蝶々がひらひらと飛んで出てきたなどという話もあるらしい。

ベナンの首都、ポルトノボの小さな博物館には、その2階に主にブードゥーで使う様々な道具や仮面の類を展示してある。8〜10歳の子供が自分の守護神と初めて会う儀式というのもあるそうで、そのブードゥーは人の頭の上にお面を付け、顔の部分はネットで覆われ、その下は2人の赤子におっぱいを飲ませている格好の着ぐるみである。

ブードゥー教では、死者が出たときには、まず占い師のところで、その死の原因がなんであるのかを尋ねるそうだ。死というものは異常なことであり、悪い原因であるのかどうかを占うらしい。その村の最高齢の者が亡くなった場合は、お祝いの歌や踊りになるという。

同じポルトノボにあるトファ王国のホンメ王宮博物館は、王宮の建物そのものが博物館になってはいるが、宝物のような展示物はほとんど無い。最後の王様が亡くなって以来、政府の管理になったらしいが、財政が厳しいと見えて、特に屋根などはトタン葺きの簡単な雨よけという感じになっており、保存状態はよくない。しかし、さすがに王宮だけのことはあって、土壁と石造りの中庭などには昔の王朝を偲ばせる風格がある。

ここでは、珍しく、案内人が英語をしゃべる。普通はフランス語だけである。ブードゥーの思想は、先祖の霊や輪廻転生の考えがあり、実に東洋的でもある。それはいいのだが、観光用に作られたセメントの神様の像は安っぽくていただけない。ウルトラマンみたいな雷の神様、けばい色の人魚の格好をした海の神様……。海の神様はお金を儲けさせてくれる神様らしい。有難い神様なのである。しかし、観光用だとしても、もう少しちゃんとした芸術家でも使って、もっと深みのある神様の像にすれば有り難さも倍増するであろうに……。

日本語学校の生徒の1人が、友達の親がブードゥー教の祈祷師あるいは神官だという


あ、ゴメンナサイ。立ち読み部分はここで終わりなんです。ここまで読んで下さって有りがとうございます。
このあともっと面白くなりますから買っていただけるとすごく嬉しいです。


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あとがき


私がゾマホンさんと初めてお会いしたのは、二○○三年の年が明けたころだと記憶しています。ゾマホンさんがテレビでも大人気のアフリカ人であることは、その時はまったく知りませんでした。そんな私が、アフリカのベナン共和国で日本語を教えることになろうとは、それこそ、全く予想もしないことでした。
何故、ベナン共和国に行くことにしたのか?それは、ゾマホンさんが書いた二冊の本を読まれたみなさまであれば、容易に察していただけるのではないでしょうか。

私は、あなたの周辺のどこにでもいそうな、ごく普通のサラリーマン、五十三歳のウダツの上がらないオヤジでした。そんなオヤジが、ゾマホンさんの母国を想う心意気に揺り動かされて、ひと肌脱いでしまったわけです。 後略

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著者プロフィール

ゾマホンルフィン(ZomahounRufin)
上智大学大学院博士後期課程・文学部社会学専攻
オフィス北野メンバー
ベナン共和国大統領特別顧問
ベナン・IFE財団代表
日本・NPO法人イフェ副代表理事
ゾマホンの公式ホームページは次の通りです。
http://www.negi-net.com/zomahoun/index.htm

小国秀宣(おぐにひでのぶ)
昭和25年生れ、長崎県佐世保市出身
米国系半導体メーカーを早期退職後、日本語教授法を学ぶ。
ベナン共和国「たけし日本語学校」での日本語教育に1年間従事。
フィリピン在住、日本語教師。

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読者感想文 みなさんからの素敵な感想文をお待ちしております。編集部
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私は愛・地球博期間中にベナンのスタッフ方と知り合いになり、パビリオンでいろいろ話をきいてから、ベナンという国に興味を持ちました。ゾマホンさんのことも最近までまったく知らなくて、ベナンのことを聞くうちに彼の業績を知りました。私はベナンのことはパビリオンのスタッフの方の話やパンフレットの写真などからしかわかりませんでしたのでこの本を読んで、いろいろ自分で想像していたことがようやく腑に落ちました。写真でしかみたことがなかったベナンの観光地のことも小国氏の説明のほうが多分ベナンの政府で出しているパンフレットより詳しいと思います。なんでこの本がパビリオンにおいてなかったのか不思議です。(あったかもしれませんが……)ベナン人の性格の穏やかさやゆったりさ加減については「そうそう」とうなずきながら、小国氏の楽しく軽快な文章でいたるところで笑いながらあっという間に読んでしまいました。いつかぜひ私もベナンへ行ってみたいと思います。


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